「自宅に帰りたいのに、帰れない患者さんがいる」診療看護師を目指す私が訪問看護の臨床を続ける理由

週3日は大学院生、週4日は訪問看護に携わる看護師――。2012年に宮城大学看護学部を卒業した坂本未希は、今年で看護師経験7年目になる中堅です。ウィル訪問看護ステーション江戸川に勤務しながら、診療看護師の資格取得を目指して大学院に通う坂本に、訪問看護や診療看護師のことをいろいろと聞いてきました。

坂本未希 28歳、看護師/保健師、宮城大学看護学部看護学科卒業後、長崎県五島列島にて看護師のキャリアをスタートさせる。その後、訪問看護で働く事を志し上京。現在、ウィル訪問看護ステーション江戸川にて訪問看護師として勤務する傍ら、診療看護師を目指し、国際医療福祉大学大学院 修士課程 医療福祉学研究科 保健医療学専攻 特定行為看護師養成分野 在籍中。

患者さんとじっくり向き合えるのが訪問看護の魅力

まず、訪問看護の話から。とは言っても「訪問看護って何?」「訪問介護とどう違うの?」などと訊かれるくらい、訪問看護は未だ知名度が高いとはいえないサービスです。簡単に説明すると、訪問看護とは、看護師が患者さんの自宅を訪問して、それぞれの病気や障がいに応じた看護を行うことを指します。

具体的には健康状態を観察したり、病状が悪化するのを防止したり、痛みの軽減や服薬管理をしたり、点滴や注射などの医療処置をしたり――。患者さんと向き合う時間は、その日の状況や患者さん一人ひとりによって異なりますが、だいたい30分〜1時間半ほど。

「訪問看護は、患者さんがその人らしくいられる自宅での看護なので、患者さんが私たちに心を開いて、深い話をしてくれやすい環境が整っています。じっくりお話を聞くなかで、治療の進め方や入院の有無などを意思決定するシーンで、患者さんがリラックスした状態で、心から納得して決断する姿を見ると、訪問看護に携わっていて良かったな、と嬉しくなりますね」

そんな訪問看護の現場で、主治医やケアマネジャー、理学療法士、薬剤師など、患者が関わる医療専門職の人々と連携し、看護と医学、両方の知識を持って、看護と医療の架け橋として、患者さんのサポートをするのが診療看護師の仕事です。

坂本が診療看護師として働く道もあると知ったのは大学時代。医療英語の授業で「ナースプラクティショナー(NP)」という言葉に出会いました。日本の診療看護師と類似していますが、立場やできることがまったく違います。

ナースプラクティショナーの法制度が進んだ海外では、ナースプラクティショナーは診療所を構え、医師の指示がなくても、特定の診察や診断をしたり、薬を処方したりと、自らの判断で一部の診療行為ができます。本来、診療は医師だけができる行為です。一方、日本の診療看護師は、医師の包括的指示のもと、手順書に基づいて一歩踏み込んだ診療の補助を行うことができます。

実務経験は1年足りない。でも、訪問看護の現場で働きたい――熱意で上京

診療看護師になるために学びながら訪問看護ステーションで働く坂本は、そもそも何をきっかけに訪問看護に興味を持つようになったのでしょうか。ルーツのひとつには、大学時代に東日本大震災を経験したことがありました。

「震災後、入院するのではなく、在宅で過ごしている方たちも多くいました。その方たちが在宅でどういった看護を受けていたのか研究するうちに、訪問看護への興味が深まっていったんです。病院で看護師の経験を積んだ後、いずれは訪問看護の現場で働きたいと思うようになっていましたね」

大学卒業後、まずは保健師として働こうと市役所を受験したものの願いは叶わず、それなら離島で働こうと決めた坂本は、五島列島の総合病院で新米看護師として勤務することに。都会の総合病院とは違い、地方の総合病院は細かい専門分野に分かれていません。外科と内科を両方担当するだけでなく、容態が刻々と変化する急性期の患者さん、病状が安定した長期的な治療を行う慢性期の患者さんを同時に担当するうちに、坂本の胸には複雑な気持ちが芽生えていました。

「患者さんと話すなかで、『この方は◯◯と◯◯と◯◯の調整さえすれば、在宅で看護できるんじゃないかなぁ』と思うことがけっこうありました。自宅に帰りたがっている患者さんは、こちらが問題なくサポートできるなら、おうちで過ごしてもらいたいです。ただそうするには、自宅に帰しても大丈夫だということを、ご家族に説明しないといけません。でも、ご家族の不安を十分に払拭できるほど、説得力のある説明ができる自信はなくて……。でも、私が訪問看護の経験を積めば、患者さんやご家族に安心してもらえる説明ができるようになるんじゃないかと思ったんです」

その後、長崎県内にある訪問看護ステーションを探すものの、転職活動はなかなかうまくいきませんでした。当時、坂本は看護師経験4年。法律で定められているわけではありませんが、訪問看護の世界では「看護師経験5年以上」が、暗黙の条件として求められていることが多く、それに満たない坂本は経験年数が足りず、上手く転職できなかったそうです。

地元で探すのを諦めた坂本は、看護師経験4年でも働ける都内の訪問看護ステーションを発見。2016年4月に上京、入職します。長崎から宮城の大学へ進学し、地元とは距離のある離島で働き、今度は縁もゆかりもない東京へ飛び込む――坂本の行動力の源泉は「訪問看護の経験を積みたい」という真っ直ぐな思いにありました。

看護と医学、両方の知識が強み。医療の質向上を目指す診療看護師の道へ

望み通りの環境を手にして、訪問看護師として奮闘する坂本でしたが、大きな課題に直面することになります。訪問看護師としての限界、と言い換えても良いかもしれません。

「訪問看護師は原則、自分だけで訪問し、医師に同行することはほぼありません。患者さんの自宅を訪問し、そこで得た情報を医師に伝えるのですが、どうしてもタイムラグが発生するんですね。伝える情報自体ももう少しなんとかできないかな、と感じることもありました。看護師としては必要だからと思って伝えた情報が、医師の視点で見ると過不足があったり、自分が伝えているつもりでも、うまく伝わっていなかったり……。そうなると治療の進み具合も遅くなってしまいます」

看護学と医学は似て非なるもの。看護師と医師は、医療現場で同じ方向を見て力を合わせるチームメイトですが、互いが持つ言語が異なることも少なくありません。

「もう少し“医学側”の知見を持てば、医師との共通言語を得たり、医師が求める情報を的確に伝えたりできるだろうと思い、診療看護師を目指そうと決めました」

2017年4月から、坂本は国際医療福祉大学大学院 医療福祉学研究科に在籍しています。社会人向けの大学院で、木〜土までの週3日は朝から晩まで講義三昧。ここに2年通い、所定の単位を取得・修了した後、日本NP教育大学院協議会が認定するNP資格認定試験を受験・合格すると、診療看護師(NP)として認定されます。

それにしても大学院に通いながら、週4日働くなんて大変では? 大学院1本に絞らないの? 坂本がいろいろな人から度々訊かれる質問ですが、学業と仕事を両立する理由は明確でした。

「患者さんと向き合う機会がゼロになると、これまで積み上げてきたものや感性がすっぽり抜けてしまうんじゃないか、って不安なんです。両立していると、大学院で学んだことを看護の場で活かせます。もちろん勉強したことがすべて即使えるわけではありませんが、自分が得た視点が使えるかどうか現場で実践してみて、できる限り活かしていきたいんです」

坂本が1年間学んできたことは、臨床現場で確実に活かされています。未来の診療看護師としての知見が増えていることで、患者さんの状態を見るポイントが変わり、医師への報告内容にも厚みが生まれています。

「たとえば心不全という病気は、脚のむくみや息切れがあるのを見て、症状に気づくことが多いんですね。でも、そういう状況だとすでに状態が悪化していて、在宅での投薬だけで回復まで持っていくのは難しいといえます。でも、大学院で学んだ“心臓の音を聴く”聴診をやってみると、音の変化で気づくことがあります。悪化する前に察知できると、看護師としての声かけも変わりますし、ヘルパーさんへの報連相の仕方、医師へ送る情報のまとめ方なども、全然違うものになるんです」

看護の知識しかないときは、「なんか悪化してるな」と感じたとしても、医学的根拠に基づく「なんか」を言語化できずにいた、と坂本は振り返ります。でも、医学的知識を蓄積しつつある今は、「心音が変わっているから」など、医師が判断するのに必要な情報を徐々に提供できるようになっている、と実感しているといいます。

訪問看護×診療看護師で想像する未来は素敵

日本全体で就業看護師は約160万人。そのうち診療看護師は約360人。診療看護師約360人のうち、訪問看護ステーションや介護施設、診療所など、地域で働く人は全国でわずか15人で、坂本と同じように訪問看護ステーションで働く人は10人しかいません(いずれも2018年3月時点)。

つまり、診療看護師の「メジャーな働き方」は病院勤務だということ。「インディー」側にいる坂本は、診療看護師が地域で働くことの良さをこう語ります。

「診療看護師の特長はなんと言っても、看護の視点と医学の視点を両方持っていること。患者さん一人ひとりの生活や価値観に合った治療を進めるサポートができるんですよね。

看護と医学とをつなぐという意味で、ケアマネジャーさんやヘルパーさんと医師との間に立つ“架け橋”にもなるんです。看護と医学、どちらの言語も持っているからこそ、よりわかりやすい言葉で伝えることができます」

地域で働く診療看護師は、患者に関わる人々の間で「翻訳者」のような役目を果たすだけではありません。患者の声を医師に伝えるときも、一歩進んだ提案ができるのも腕の見せどころ。

患者の「こうしたい」に看護的な側面からの意見を加えて提案するだけでなく、医学的な知識を追加した伝え方ができる、というわけです。「看護では〜したいけれど、治療としては〜ですよね」というふうに、患者一人ひとりに沿った医療・療養生活をマネジメントする役目も担います。

「来年、大学院を卒業したら、こうしたいなっていう希望があるんです」とニコニコしながら語る坂本には、理想とする働き方がすでに頭の中にあります。それは週の半分は地域で働き、半分は病院で働くこと。現在、診療看護師のなかで、そういった変則的な働き方をしている人はいません。前出のように病院で働くか、地域で働くかの二者択一しかないのです。

「地域のことと病院のこと、両方の現場を知る働き方が理想です。『自宅で治療を受けたかったけれど、許可が得られなくて帰れなかった』という人は少なくありません。そんな人を少しでも減らしたいです。患者さんの意思により合った治療方針や予防医療を進めていく上で、しっかりお手伝いできるのが診療看護師です。もっと知られるようになってほしいですし、働き方も変わっていけたらいいなと願っています」

病気や障がいを持つ人が、住み慣れた家でその人らしく生活を送れるよう支える訪問看護。日常生活と療養生活を行き来しながらも、できる限り心地よく過ごせるよう、本人や家族、医療関係者と連携をとりながら、ベターな方法を考えていく診療看護師。訪問看護の現場で活躍する診療看護師が増えていくと、医療の在り方は大きく変わっていくことでしょう。

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