「できない」が「できた」になるたびに、心が自由になっていく OriHimeパイロット・中島寧音さん

「寝たきり」という言葉から、どんな生活を想像しますか?

自分で起き上がったり歩いたりできない寝たきりの人は、日本全国に35万人以上いると言われています。福岡県に住む中島寧音さんもそのひとり。幼い頃に難病である脊髄性筋萎縮症を発症し、小学生で寝たきりになりました。

それから数年が経った今、中島さんは筑紫女学園大学で社会福祉を学びながら、休日は東京のカフェで働く忙しい毎日を送っています。

「寝たきりでも、やりたいことは実現できる」

それを体現する中島さんに、人生の転機となったアルバイトとの出会いのこと、そこから生まれた夢について聞きました。

中島寧音さん プロフィール 大学生。生後11ヶ月で脊髄性筋萎縮症I型と診断され、小学生で寝たきりに。筑紫女学園大学に在籍し社会福祉を学ぶかたわら、日本橋のカフェ「DAWN ver.β」で働いている。好きなバンドはMAN WITH A MISSION、ゲスの極み乙女。

「自分を変えたい」初めてのアルバイトに挑戦

中島さんが脊髄性筋萎縮症​​と診断されたのは、生後11ヶ月の頃。徐々に筋力が低下したり筋肉が萎縮する病気で、根本的な治療法はいまだ確立されていません。

「小学5年生くらいまでは車椅子に乗って移動することが多かったのですが、徐々に座っている時間より横になっている時間が増え、ベッドに横になった寝たきりの状態になりました」

移動はストレッチャーでおこない、夜間に寝るときには呼吸器を装着。体のなかで動かせる場所は手首から上のみになりました。

中島さんに転機が訪れたのは2019年、高校1年生のときです。

「クラスの担任の先生が、『OriHime』というロボットが働くカフェのことを教えてくれたんです」

「OriHime」とは、株式会社オリィ研究所が開発した“分身ロボット”。カメラ、マイク、スピーカーが搭載されていて、iPadなどを利用して遠隔操作ができるーーつまり、移動が困難な人でも「OriHime」を遠隔で操作することで接客やものを運ぶなどの仕事が可能になります。

実験店舗として東京・赤坂に期間限定でオープンした、「OriHime」が接客や配膳をする『分身ロボットカフェ DAWN(ドーン) ver.β』。その2回目の実験店舗が、大手町にオープン。。それにあたり、遠隔で「OriHime」を操作する人(=パイロット)の募集が始まっていた時期でした。

「私はあまり外出できなかったし、自分から人に話しかけるのも苦手で。カフェで働く経験をしたら、そんな消極的な自分を変えられるかもしれないと思いました」

「挑戦してみたい」「自分を変えたい」という強い気持ちに突き動かされ、応募。中島さんは晴れてパイロットとして働くことになります。

アルバイトを通じて「もっと人の役に立ちたい」と思うように

アルバイトをすることも、初対面の人を相手に接客をするのも、iPadを使ってロボットを動かすのも、すべてが初めての経験でした。

「最初はすごく緊張しました。カフェでは『OriHime』を通じてお客さまとお話をするのですが、人見知りで自分から話しかけるのが苦手なので、『楽しんでもらえるかな』『うまく話せるかな』と不安も大きかったです」

そんな不安の中で迎えた初日。中島さんは「OriHime-D(全長約120センチメートル、前進後退・旋回の移動能力を持つ分身ロボット)」を操作して飲み物を席まで運ぶ仕事を担当しました。テーブルのお客さんとはおしゃべりも楽しんだそう。

「自信はなかったですが、カフェで話した方が笑顔になってくれたことが本当にうれしくて。自分も楽しめましたし、もっと頑張りたいと思いました」

住む場所や移動の制限にとらわれずさまざまな人と繋がっていく経験は、中島さんの世界を大きく広げることになります。

「家族と一緒に来店した小さな男の子が、その場で『OriHime』の絵を描いて私にプレゼントしてくれたり。カフェを通じて出会った人が、『OriHime』を使っていろんな場所に連れて行ってくれるようになったり。行動範囲や出会う人の輪が一気に広がりました。バイトを通じてSNSでの繋がりも増え、各地に友達ができました」

さらに、ほかのパイロットとの出会いも刺激になりました。

「『DAWN ver.β』のパイロットは、身体障害や病気などなんらかの事情で移動が困難な方ばかり。アルバイト中の空いた時間にほかのパイロットの方とおしゃべりをしたり、SNSで交流したりして、似た境遇の方との出会いも増えました。移動に制約があっても活躍する方たちの姿を見て、私も頑張ろう、もっとチャレンジしようと思うようになりました」

働いて人に喜んでもらうことで感じたやりがい。そして、病気や障害を抱えながらもやりたいことにどんどん挑戦する人たちとの出会い。それらをエネルギーに、中島さんの中で「もっと人の役に立ちたい」という気持ちが膨らんでいきます。同じ境遇の人の悩みに寄り添い、サポートしたい。そんな思いが次の夢へと繋がっていきました。

同じような境遇で悩む人の力になりたい

「大学へ行きたいという漠然とした思いはありましたが、将来のことは具体的にイメージできませんでした。でも『DAWN ver.β』でいろんな病気や障害のある方が活躍する姿を見て、私も自分なりにできることで誰かの役に立ちたいと思うようになりました」

カフェでの仕事を始めて1年が経った頃。高校3年生になった中島さんは、「同じような境遇で悩んでいる人の力になりたい」と社会福祉士を目指すことを決意します。

進学先に筑紫女学園大学を選んだ決め手は、夏に参加したオープンキャンパス。本人曰く「激しく緊張した」そうですが、大学の明るい雰囲気と、先生や職員・先輩たちのやさしさに触れ、楽しい一日を過ごしたそう。また、筑紫女学園大学には障害のある学生も在籍しており、車椅子の学生がどのように学んでいるかをイメージしやすかったことも気持ちを後押ししました。

「大学で学べることが私のやりたいことにぴったりでしたし、海外研修のプログラムや、大学と連携して開催されている子ども食堂といった取り組みにも心を惹かれました」

進学先が決まり、さっそく受験の準備に取り掛かります。

「特に面接の練習が大変でしたね。先生と一緒に、入試の2〜3週間前から毎日学校で面接の練習をしました。タブレットを使用する試験に関しては、事前に大学に相談して、職員の方に代わりに操作をしてもらうことになりました」

面接の練習をはじめ、つらく大変なこともあったという大学受験。それでも、しっかり準備をしたことで、本番では落ち着いて試験に臨むことができたと言います。

「進学が決まったときは飛び上がりたいくらいうれしかったです。同時に、ずっと緊張していた気持ちが解けてホッとしました」

「できない」が「できた」になるたびに、心が自由になる

2021年4月、大学に入学。今は授業やレポートで忙しい毎日を送っています。

「授業はオンラインが中心ですが、大学生活にもだんだん慣れてきました。社会福祉とは何かについて考えたり、社会福祉に関係する絵本や漫画に触れたりする『社会福祉原論』の授業が特に好きです。少し前にちょうど前期が終わったところで、夏休み前はレポートが多くてちょっと大変でしたね……」

そう話す中島さんからは、新生活を楽しむ様子が伝わってきます。夏休みに突入してからはアルバイトにもいっそう力を入れているそう。2021年6月に東京・日本橋にオープンした『DAWN ver.β』の常設店で定期的にシフトに入り、仕事に励んでいます。

「授業がある時期は土日が中心ですが、夏休みは多めにシフトに入っています。物販コーナーで接客したり、テーブルでオーダーを受けたり配膳したり、日によって仕事内容は変わります。私は『OriHime-D』で配膳をする仕事が一番好きです」

大学進学とアルバイトという、2つの“やりたいこと”を叶えた中島さん。過去には想像もできなかったことができたときの喜びが、挑戦の原動力になっていると言います。

「『DAWN ver.β』で働く前は、福岡にいながら東京のカフェでアルバイトをしたり、遠くにいる人と出会ったりする自分を想像できませんでした。でも『OriHime』のおかげで、できないと思っていたことがどんどんできるようになった。その経験を積み重ねて、障害を理由にやりたいことを諦めないでなんでも挑戦したいと思えるようになったんです。『できない』が『できた』になるたびに、心が自由になっていくのを感じます。私と同じ境遇で辛い思いをしている人にも、『なんでもできるよ』って伝えていきたいです」

体が動かせなくても、心はいくらでも自由になれる。それを体現しながらチャレンジし続ける中島さんの姿からは、未来への無限の可能性を感じます。最後にこれからやりたいことを尋ねると、こんな答えが返ってきました。

「大学の授業の一環で、希望者はデンマークでの海外研修に行くことができます。参加にはさまざまな条件があるそうなのですが、自分にもできる方法で参加できればなと思っています。コロナが落ち着いたら好きなアーティストのライブにも行きたいし、アルバイトで稼いだお金でお客さんとして『DAWN ver.β』にも行ってみたいですね」

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