「パーキンソン病患者にとって、“病気の先輩”のポジティブな姿を見ることは希望になる」PD Cafe・小川順也さん

体のふるえや筋肉のこわばり、歩行障害など、体がスムーズに動きにくくなる症状が現れるパーキンソン病。いま日本では約15万人の患者がいるといわれ、そのうちの1割程度は若年性(40歳以下で発症)といわれています。

病気の進行をゆるめるカギは、発症初期からの運動習慣。しかし、病院でのリハビリ期間を終えてしまうと、多くの患者さんがその後運動を続けにくくなるという課題があります。

その課題に真っ向から向き合い続けているのが、理学療法士の小川順也さん。2013年より、パーキンソン病患者が集まって一緒に運動をしたり情報交換をするコミュニティ「PD Cafe」を運営しています。同じ境遇の人々が集うことで生まれた運動習慣以上の効果、そして、ポジティブな気持ちで病気と向き合うために必要なことについて伺いました。

小川順也さんプロフィール
理学療法士。2011年より国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センターにて4年間、神経難病患者のリハビリテーションに従事する。パーキンソン病の方が退院後、運動の機会を失うことで病状が悪化してしまう現状を大きな課題と捉え、2013年より保険外の取り組みであるパーキンソン病の方のための運動教室「PD Cafe」を運営し、運動療法の必要性と効果を広く伝えるとともにコミュニティ作りの活動に力を注ぐ。2021年、『パーキンソン病と診断されたら最初に読む運動の本』を出版。パーキンソン病患者を題材にした映画『いまダンスをするのは誰だ?』を制作中。

医療現場で感じたリハビリの限界

小川さんが理学療法士という職業を知ったのは中学生の頃。脳梗塞を発症し片麻痺になった祖母を見舞ったとき、理学療法士の指導を受けながらリハビリしている姿を見たのがきっかけでした。

「そのときは『こんな仕事があるんだな』と思ったくらいでした。自分の進路として考え始めたのはその数年後、高校2年生の春休みです。友人から『理学療法士になって難病患者のリハビリに携わりたいから理系に進む』という話を聞いて、おばあちゃんの病院で見たあの人は理学療法士というのか! とつながったんです」

祖母の体をもっと動くようにしてあげたいという思いもあり、理学療法士を目指して進学。大学で学んだのち、神経難病専門の病院である国立精神・神経医療研究センターで働き始めました。

「最初は祖母と同じ脳卒中の患者さんをサポートしたいと思っていましたが、パーキンソン病や筋ジストロフィー、ALSなど、神経難病の患者さんを診ることになりました。これらの病気は根本から治す薬がないため、進行を遅らせたり症状をやわらげたりできるリハビリには大きな価値があるんです」

現場で改めて実感したリハビリの力。しかしそれと同時に、小川さんは医療現場での限界も肌で感じることになります。

「ある日、僕が担当していたパーキンソン病の患者さん5人がリハビリ室を訪ねてきて、『退院してリハビリが終わってしまうと運動が続けられない』と訴えてきたんです。僕がいた病院は外来も多く、どうしても筋ジストロフィーやALSなど呼吸に影響がある疾患の方のある方が優先されてしまう事情もあり……。進行の浅い(ヤール1〜3)パーキンソン病の方は、数回リハビリを受けたらあとは自力で運動を続けなければいけない状況でした」

切実な声を聞いたことで、「なんとかしたい」という思いが湧き上がります。それから数ヶ月、リハビリ室に来た5人のメンバーと定期的に話す場を設け、どうすれば退院後も運動を続けられるかを一緒に考え続けました。

「上司にバレないように、院内の喫茶店にこっそり集まって話し合いました。ただ、何度話しても良い解決策が思いつかないので、『今度体育館を借りて、とりあえずみんなで運動教室をやってみようか』ということになったんです」

同じ境遇の人の声に勝るものはない

現場での声をきっかけに小さく始まった、パーキンソン病患者のための運動教室。それが「PD Cafe」の始まりでした。以降定期的に開催するようになり、口コミから徐々に参加者が増えていきます。

「担当している患者さんにチラシを渡したり、参加者の方が口コミで宣伝してくれたり……。国立精神・神経医療研究センター以外の患者さんにも知られるようになり、1回の教室に20〜30人が集まるようになりました」

同じ境遇の人々が一堂に会することで、運動の機会を得られるのはもちろん、参加者それぞれがいい影響を与え合うことができたといいます。

「やっぱり同じ境遇の人の声に勝るものはないんですよ。僕が指導するより、同じ病気の先輩が『私は普段こういう運動をやっています』と発表するほうがみなさんの心に響く。手術や薬の話、お医者さんとのコミュニケーションの悩みも参加者同士で共有し合い、うまくいっている人が悩んでいる人にアドバイスできます」

病気が発覚すると、ショックから他者とのコミュニケーションを絶ってしまう人も多く、そこから立ち直るきっかけとしてPD Cafeの存在が大きな助けになることもあるそうです。

「パーキンソン病と診断されてから3ヶ月くらいずっと引きこもっていた方が、家族に連れられてPD Cafeにいらっしゃったことがありました。最初はものすごく不安そうな暗い表情だったんですが、みんなで一緒に運動して帰る頃にはパッと明るい顔で『本当に来てよかったです、また来ます』と。そういう瞬間は、やっててよかったなと思いますね」

パーキンソン病は治療薬こそないものの、通院や運動を続ければ長く仕事や趣味を続けることもできます。PD Cafeを通じ、いわば“病気の先輩”のポジティブな姿を見ることは、発症初期で不安を抱える人にとっての大きな希望になります。

「発症から20年経っても仕事を続けている方や、たくさん旅行をしている方。そういった先輩たちに出会うことで『自分もやってみよう』と前向きになる方をたくさん見てきました。結局、一番大事なのは人とのつながりなんです。運動継続というのはひとつのきっかけにすぎなくて、PD Cafeの最大の存在意義はつながりを生むことなんだと思います」

医療従事者がいなくても回るコミュニティにしていきたい

スタートから数年を経て、全国各地に開催の場を広げていったPD Cafe。多いときには全国各地を合わせて月200〜300人が参加する大規模なコミュニティに成長しました。2017年からはスカイプなどを活用したオンラインパーソナルトレーニングもトライアルで開始し、オンラインとリアルの双方からパーキンソン病の人々をサポートする方法を検討していました。

ですが、2020年、新型コロナウイルスの影響を受けて対面での運動教室はすべてストップ。オンラインコミュニティに舵を切ることになります。2021年7月現在はオンライン上でコミュニケーションをとりながら、ZOOMなどを活用したトレーニング会や動画配信を続けています。

「以前のような30人規模での運動教室がいつ再開できるのか、見通しは立っていません。ただ、また集まれるようになったとしても、前と同じ規模やペースで運動教室を続けていくかは正直迷っていて……」

迷いの理由は、コミュニティを運営する中で小川さんが導き出したひとつの仮説にあります。

「20〜30人のコミュニティも大切ですが、大きな集団より小さく深いつながりがあるほうがいいんじゃないかなと思うんです。大人数だと個々が仲良くなりにくく表面的な話ばかりになってしまいますが、少人数だと話す内容がより深くなります。そのほうが予後がいいんじゃないか、というのが僕の仮説なんです」

さらに、小さく深いつながりを作るためのカギは「医療従事者の介入をできるだけ減らすこと」だと小川さんは続けます。

「僕らが介入するよりも当事者同士でコミュニティを運営してもらうほうが、つながりの深さが増すと思うんです。だからPD Cafeは参加者が自主的に集まって運動できるコミュニティにしていきたいと思っています。PD Cafeのコミュニティは全国各地にありますが、中には僕がいなくても回っているコミュニティもすでにあって、みんなで『次はあれをしよう』『これもいいかも』と相談して運営しながらすごく深いつながりが生まれています。僕が主導する集まりは3ヶ月に1度くらいにして、それ以外は参加者の自主性に委ねていく。僕らはそれをときどきアシストするのが理想です」

とはいえ、医療従事者と参加者を完全に切り離すわけではありません。名実ともに自主コミュニティになってしまうと、高齢化や病気の進行で運営が難しくなってしまうという問題が生まれます。参加者にとって快適なコミュニティを維持していくためには、やはり医療従事者の存在が不可欠なのです。

普段はオンラインコミュニティ上で情報交換をしながら、リアルの場でわからないことを聞いたり、気の合う人と親睦を深めたりする。自主コミュニティ、オンラインコミュニティ、医療従事者の三角形でつながり続ける。それがこれからのPD Cafeの展望です。

そして、参加者の主体性を引き出すことにはもうひとつ大きな意味があります。

「難病にかかると、家でも職場でも自分の役割がどんどんなくなっていくような感覚になる方は多いと思います。リハビリの存在意義は、体を動かすだけでなく、社会参加のための役割をつくっていくことだと僕は考えています。たとえば、人前に出るのが得意な方がいれば自主トレのリーダーをお任せするとか。個々の強みを生かす環境を作ることが、自信を取り戻すことにつながっていくと思うんです」

人それぞれの強みを活かし、適切なつながりを生んでいく。そのために小川さんが心がけていることを聞いてみると、「自分が一番楽しむことでしょうか」という答えが返ってきました。

「つながりを提供する人がつまらなそうだったら意味がないですよね。いい意味で『仕事感』を出さず、夏休みの自由研究のようにワクワクしていたいし、参加する方にもワクワクしてほしい。医療や病気ってネガティブな課題ですけど、『こんなふうに解決したら楽しそうじゃない?』というスタンスでいたいと思っています。みんなが楽しんでくれるとつながりも生まれやすいし、コミュニティの居心地も良くなるんじゃないかな」

現在は、パーキンソン病患者の就労促進プロジェクトの一貫として、2022年公開予定の映画『いまダンスをするのは誰だ?』の制作にも関わっている小川さん。前向きなアプローチで病気にまつわる課題に向き合う姿は、難病の当事者だけでなく、その家族や医療従事者など多くの人に勇気を与えています。

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