「『自分らしく生きる』を排泄から支えたい」株式会社aba 宇井吉美さんが「Helppad」で作りたい未来

おむつを開けなければ排泄しているかどうかがわからないうえに、1日に何度も行わなければいけない排泄ケア。介護する人にとっても、される人にとっても負担が大きく、家族が自宅で介護する場合は「家に帰れるかどうかの分水嶺」とも呼ばれてきた領域でした。その排泄ケアを改革したことで、多くの人の選択肢を広げてきたのが「排泄センサー Helppad(ヘルプパッド)」という製品です。

排泄センサー Helppad(ヘルプパッド)」は、ベッドに敷くだけで匂いで排泄を検知して知らせてくれる排泄センサー。これまで解決できると思われていなかった現場の課題に即した製品は、特別養護老人ホームや訪問介護事業所のほか、ご家庭で介護をされている個人家庭でも普及が広がっています。

製品の開発・販売を行っているのは、千葉県にある株式会社aba 。代表取締役CEOの宇井吉美(うい・よしみ)さんは、介護ロボットを開発するために工業大学を志すなど、介護に対して人並み以上の強い思い入れを長く抱いてきました。

しかし、宇井さんはどうして介護の中でも排泄に焦点を当てた「排泄センサー Helppad(ヘルプパッド)」を作ろうと思ったのでしょうか。お話を聞いていく中で、宇井さんが何度も口にしていた「介護者の負担を減らしたい」という想い。その想いの裏には、宇井さんご自身のライフヒストリーが強く紐づいていました。

宇井吉美 株式会社aba  代表取締役CEO 2011年、千葉工業大学未来ロボティクス学科在学中に株式会社abaを設立。中学時代に祖母がうつ病を発症し、介護者となった経験を元に「介護者側の負担を減らしたい」という思いから、介護者を支えるためのロボット開発の道に進む。特別養護老人ホームにて、介護職による排泄介助の壮絶な現場を見たことをきっかけとして、においセンサーで排泄を検知する「排泄センサーHelppad(ヘルプパッド)」を製品化。おむつを開けなくても排泄したことを知らせてくれることで、介護者の負担軽減を目指している。

原点は「介護者側の負担を減らしたい」という想い

宇井さんが排泄ケアに関するセンサーをつくろうと思ったのは、大学在学中に受けた特別養護老人ホーム(特養)での実習がきっかけでした。

中学2年生のときに、母親代わりだったおばあさんがうつ病を発症したことがきっかけで「介護ロボットをつくりたい」と思った宇井さんは、その志を胸に工業大学に進学。特養の実習に参加したのは、「介護ロボットを作るために現場をちゃんと知りたい」という想いがあったからでした。

そんな想いを抱えて参加した特養での初めての実習で、排泄介助を見せてもらったという宇井さん。彼女はそこで、人生を変える光景を目の当たりにします。

「そのときに介助を受けていた方は、発話はできても会話にならない状態の方でした。その方を介護職の方が2人がかりで便座に座らせた後、1人の介護職の方が押さえつけに専念されて、もう1人の介護職の方が体を押さえつけながらお腹を押して、排便を促されていたんです。介助を受けているご本人は何をされているのかもわからない状態で『うわー!』とものすごく叫ばれていて……私は介護施設に行くのが初めてだったこともあって、ショックすぎて泣いてしまったんです」

あまりの衝撃に「これって、ご本人が望んでいることなんですか?」と介護職の方に率直な疑問をぶつけてしまったという宇井さん。彼女自身は当時のことを「若気の至り」と振り返りますが、そのまっすぐな想いが届いたのか、介護職の方もまっすぐに答えてくれたといいます。

「その介護職の方は『わからない』とおっしゃったんです。実は、排泄介助を受けていた方はデイサービスを利用されていて、施設での介助が終わったら家に帰らなければいけない方だったそうなんですね。家に帰ったら家族が排便介助をしなければいけないんだけど、素人の方が排便介助をするのってすごく大変で。

だから『できれば施設にいる間に排便させて帰してほしい』と家族の方に言われていると。介護職は家族のケアも含めて考えなければいけないから、この人は毎朝来たらまず下剤を飲んで、夕方になったらお腹を押して、排便をさせて、家に帰す。でも、『これって、ご本人が望んでいることなんですか?』とあなたに聞かれたら『わからない』と答えるしかない、とお話してくださったんですよね」

介助を受ける人だけでなく、介助を受ける人の家族のケアまで考えなければならない、介護職という仕事。その難しさや背負っているものの大きさに触れ、「リスペクトの気持ちが一瞬にして沸き、彼女たちの力になりたいと思わせてもらった」と宇井さんは話します。

そして、その日の終礼後、「どんな介護ロボットがあったらいいですか?」と聞いたとき、介護職の方が言った言葉が、後のHelppadのコンセプトにもつながる「おむつを開けずに中が見たい」でした。

「尿や便が出てもいないのにおむつを何度も開けると、介助を受ける方も陰部をむやみに見られたくないだろうし、自分たちも正直なところ大変ではあると。それに、タイミングが合わなければ、おむつの外に尿便が漏れて、洋服もシーツも全部交換することになる。『もしもおむつを開けずに中身の状態がわかったら、介助する側も、介助される側も、こんな想いをせずに済むのに』と言われたんです。私たちの開発は、この言葉から始まりました」

製品づくりで大切にしているのは「現場の声」

「この人たちの力になりたい」

介護職の方へのリスペクトを原動力に、開発を進めることになった宇井さん。しかし、前例のない物事に取り組むうえで、壁にぶつかることは避けられません。

Helppadの開発にあたっても、技術面や資金面などのさまざまな壁に直面してきましたが、宇井さんにとって大きな壁に感じられたのは、「実験させてもらえる場がなかった」ということでした。

「やっぱり排泄って人の尊厳に関わる、倫理的に最たるものですよね。そこをなぜ外部のメーカーに見せなければいけないんだとお考えになる施設が多くて、実験をさせてもらえる場がなかったんです」

協力してくれる施設がようやく見つかるも、その施設は宇井さんたちの拠点である千葉から遠く離れた大阪。「それでも」と試作機を大阪まで運ぶも、まだ誤作動の多かった初期の試作機が壊れ、データが1つも取れないまま終わってしまったこともありました。

思うように事が進まず、心が折れそうになりながらも、実験させてくれる施設を募ることを諦めなかった宇井さん。その働きかけの甲斐あって、千葉県船橋市にある特別養護老人ホーム「さわやか苑」をはじめ、株式会社abaの本拠地近くの社会福祉法人さんが「社会福祉法人の新しい社会貢献方法の一つ」として次々に名乗りを挙げてくれるように。こうした施設の協力を得て、Helppadは現場のニーズに即した製品へと一歩ずつ近づいてきました。

実験させてもらえる場がない中でも、宇井さんが「現場」にこだわり続けたのは「介護職の方の負担を減らしたい」という当初の想いがあったから。現場をより深く知るために、起業してからの3年ほどは土日を使い、自身も介護職の仕事をしていたといいます。しかし、介護職の仕事を始めて半年ほどで、製品の存在意義が揺らぐような、ある疑問にぶつかることになりました。

「Helppadっていらなくない?って思っちゃったんです。介護職の仕事を知れば知るほど、やっていることが複雑難解すぎて、排泄があって、音が鳴ってお知らせしたからってなんなんだろうって。会社を立ち上げたのに製品の存在意義がわからなくなってしまったわけですから、会社を経営していて一番冷や汗をかいた出来事だったかもしれません」

しかし、その後も介護職の仕事を続けていく中で、「排泄タイミングと他のオペレーションとをアンサンブルしながら、業務の効率化を目指す製品なんだ」と気づき、製品の方向性をより具体的に見定められたという宇井さん。Helppadは、宇井さん率いる株式会社abaの技術力と介護職の方の知見の結晶なのです。

「行かなくていいとき」を知らせて「家に帰りたい人」を支える

特別養護老人ホームの介護職の方の声から生まれたHelppadですが、現在は老人ホームなどの施設だけではなく、訪問介護事業所やご家庭で介護をされている個人の方など、在宅領域にも利用者の裾野を広げています。

訪問看護事業所とご家庭で介護している個人では、細かな利用ニーズは異なりますが、在宅介護の現場の方をHelppadが支えられるのは「行かなくていいときがわかる」ことだと、宇井さんは話します。

アプリのホーム画面

アプリ上で、利用者の排泄記録をするケア記録画面

事業所の場合は『回数の制限なく訪問して看護・介護する定期巡回の回数を最適化したい』というニーズがありますし、ご家庭で介護している個人の方の場合は『いつ排泄があるかわからないゆえに、家族が家から出られなくなってしまう』という困りごとがあるんですね。Helppadの『排泄タイミングがわかる』という機能は裏を返せば『行かなくていいときがわかる』という意味合いもあるので、在宅医療・介護に共通する課題を解決できるんです」

介護を必要とする人のことを常に考え、時間の切れ目がない介護。懸命に介護する人であればあるほど疲れが出てしまい、家族仲が悪くなることや家での介護が難しくなってしまうケースもあります。

そんなときに「行かなくていいとき」がわかれば、自分の時間がつくれ、リフレッシュしてまた頑張れる。Helppadは「家に帰りたい人」や「家に帰りたい人を支える人」にも選択肢を広げているのです。

「日本の介護」を日本の技術で世界に届けたい

現場の声に徹底して耳を傾け続けた結果、2019年に製品化したHelppad。しかし、現場の意見を反映させた改良はとどまるところを知らず、宇井さんは現在、2023年秋にローンチ予定の「Helppad2」の発表準備に追われています。


これまでのHelppadでは、おむつから排泄物が漏れ出た場合、シートの穴が空気と一緒に排泄物を吸い込んでしまうことで機器を洗う手間が発生し、介護職の方の負担を軽減しきれてはいませんでした。Helppad2では、空気を吸い込むことで排泄を検知する従来の仕組みを廃止。代わりに極薄シートの中に臭いセンサーのチップを搭載し、排泄物を吸い込んでしまう従来の課題をクリアしています。

介護職の方の知が結集したHelppadを、宇井さんは「日本の介護クオリティの証明」と表現します。

「シート型のHelppadには日本の介護職の方の意地が詰まっていると思うんです。海外のメーカーが販売している排泄を感知する製品のほとんどが貼るタイプなんですが、体に何か貼り付けられると違和感がどうしてもありますよね。私が初めて実習を受けた施設の方から『介護は生活支援とも呼ばれる生活の場だから絶対に体に機械を貼り付けないでほしい』と言われていたんですね。そういう配慮がある国は、今のところ日本以外に見当たらないんです」

実際に、実証実験の打診があったノルウェーやシンガポールの企業からも「シート型は他国でも見たことがない、素晴らしい」と絶賛されているというHelppad。

世界にはない「日本の介護らしさ」について尋ねると、宇井さんはこう答えてくれました。

「欧米の国ではとくに『ピンピンコロリ』が良しとされる傾向があって、基本的に自立することが尊ばれている気がします。すべてを自己決定できる強さに惹かれるものはありつつも『いつでも倒れられて、自分らしく生きられる社会のほうがいい』と私は思うんです。

日本の介護はその人が『自分らしく生きられる』ことを大切にしているし、ケアテックがあれば、いい意味で誰もが誰かを介護してあげられる時代が来ると思うんです。だから、日本の介護の思想をシンプルに消化してプロダクトやサービスに落とし込んでいく。それが私たちの仕事なんじゃないかなと思っています」

障害児や医療的ケア児が「家に帰れる」未来をつくりたい

施設だけではなく、家で介護する家族の負担や、ひいては日本の外にも、その裾野を広げてきた宇井さんに、今後はどのようなことに取り組んでいきたいですか、と尋ねてみると、こんな風に答えてくれました。

「以前、子ども病院にお邪魔したことがあるのですが、そのときに看護師さんたちが『排泄は1日に何度も行わなければいけないケアの一つなので、この子たちが家族と一緒に暮らせるかどうかのキーは、毎回の排泄ケアを家族がこなせるかどうかなんです』と話してくださったことがありました。

『親子が離れて暮らさざるを得ないのは、排泄のタイミングがわからないことにある』という事実を知って、言葉では言い表せない悔しさを感じて……今は高齢者を対象とした介護領域から始めていますが、最終的には、障害児や医療的ケア児の領域にも事業を展開していきたいですね」

医療のレベルが上がったことで、未熟児として産まれても命が助かり、医療的ケア児や障害児が増えている昨今。命が助かることは喜ばしいことですが、そうした子どもたちへの医療的措置やケアが喫緊の課題になっています。

「だからこそ、ケアテックのレベルを上げたい」プライベートでは2児の母でもある宇井さんはそう話します。

「もしもケアテックのレベルが上がれば、現状では医療的ケア児や障害児にとって「障害」になっていることも障害にならないかもしれませんよね。視力が低い方がメガネをかければ不自由なく暮らせるように、医療的ケア児や障害児たちが健常児と変わらない生活を送れるようになる未来を、ケアテックを通じて作っていきたいと思っています」

ケアテックのレベルを上げるのと同じくらい大切なのが、ケアテックを業界に浸透させること。しかし、未知の存在に抵抗感を覚える人は少なくなく、「ケアテックは敵」と考えている方も少なくないといいます。

ケアテックを医療や介護の現場に浸透させるにはどうしたらいいと思いますか、と尋ねると、宇井さんはこんな風に答えてくれました。

「技術進化のスピードって、開発側が追いつくのも必死なくらい速いんです。だから、現場の方が警戒心を持つのは当然のことだと思います。そうした現場の方に安心して利用していただけるように説明することも、私たちメーカーの仕事なのですが、まだまだ力不足なのが現状です。

でも、いつもお伝えしていることとしては『ケアテックは危険分子ではなく、皆さんの分身です』ということ。Helppadは介護職の方々のようにおむつ交換もできないし、介護を受ける方と目を合わせることもできませんが、介護職の方の代わりに24時間365日おむつの臭いを嗅ぎ続けて排泄を知らせることはお手伝いできる。ケアテックは皆さんの仲間なのだと思ってもらえるように、これからも頑張っていきたいですね」

「介護者の方の負担を減らしたい」

Helppad開発のきっかけから製品化に至るまでのすべてのプロセスに登場したこの言葉。その言葉を裏打ちするように、宇井さんは現場に足を運び、現場で働く介護職の方の意見に耳を傾けてきました。

しかし、その一貫した想いは、今や日本の介護職の方だけではなく、国内外問わず、在宅で介護をするご家族や自宅で介護を受ける方の選択肢を広げています。

日本の介護が「その人らしさ」を大切にするものならば、その思想をプロダクトに落とし込んだHelppadは「生き方」の選択肢を増やす製品と言えるかもしれません。

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