その人が豊かに生きられる介護のかたちとは、どんなものだろう――。
介護に携わったことがある方なら、誰もが考えたことがある問いではないでしょうか。この問いに、25年もの間、専門職の立場からまっすぐに応えようとしてきた方がいます。その方は、須藤健司(すとうけんじ)さん。
須藤さんは高校卒業後に介護福祉士として病院でキャリアをスタート。以来、ケアマネジャー、看護小規模多機能型居宅介護の立ち上げと、職種を変えながらも、一貫して介護に関わる仕事に取り組んできました。2023年4月には株式会社handsmadeを創業し、ウィル訪問介護ステーション仙台とウィルケアプランセンターの運営という新たな挑戦を始められたばかりです。
そんな須藤さんのキャリアの傍らには、常に問いと実践がありました。
須藤さんが介護において大切にされてきた考え方について、キャリアの変遷を辿りながらお話をお聞きしました。
外泊から帰ってくる患者さんの笑顔を見て、在宅っていいなと思った
高校を卒業して以降、職種を変えながらも介護業界に長く軸足を置いて働いてきた須藤さん。最初に介護の仕事に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか。
お話をお聞きしていくと、おばあちゃんっ子だった幼少期の須藤さんの姿が浮かび上がってきました。
「介護福祉士になりたいと思った強い動機は、自分ではわからないんです。でも、おばあちゃんのことがすごく好きだったことは、介護の仕事に関心を持った潜在的な理由の一つかもしれません。うちの両親は共働きだったので、おばあちゃんに育ててもらったような感じだったんです」
おばあさんの愛情を受けて育ったバックボーンがあったためか、中学卒業後の進路を選択する際、テレビで老人ホームが特集された番組をたまたま目にし、強く印象に残ったという須藤さん。さらに、須藤さんが中学校を卒業するタイミングで、通学圏内の県立高校に介護福祉士の受験資格をとれる福祉科が新設されることに。まるで向こう側から呼ばれるようにして、須藤さんは介護の世界へと足を踏み入れます。
須藤さんが就職先として選んだのは、宮城県多賀城市内の病院でした。施設での介護福祉士としての経験を積むためにと就職を決めた病院で、3年半勤めることになります。介護の仕事にはやりがいを見出していたという須藤さんですが、徐々に違和感のようなものを感じることが多くなったといいます。
「病院の特性上どうしても、仕事においてスピードが重視されるんですよね。中には、介護が『業務』のようになってしまうこともあって、そのやり方はちょっとなと違和感を覚えていました」
一方で、介護現場でとりわけ「いいな」と思える光景もありました。
「入院している患者さんの中には、外泊される方もけっこういました。その、外泊から帰ってきた患者さんがエレベーターから降りたときに見せる笑顔がすごくいいなと思っていて。患者さんのこういう顔がもっと見られる現場はないかと考え始めました」
外泊から帰ってくる患者さんの笑顔がもっと見たい――。
その純粋な気持ちが、須藤さんを新たな領域へと導いていきます。約3年半勤務した病院を退職し、須藤さんが入社したのは、岩手県・盛岡にあるホームヘルパーの会社でした。
「その人がいかに豊かに暮らせるか」を突き詰めた
馴染み深い仙台を離れて、新天地・盛岡でホームヘルパーとして働き始めた須藤さんですが、ほどなくして、今度はケアマネジャーとして働く道を志し始めます。ケアマネジャーを目指したのは、「その人がより豊かに暮らせるようにコーディネートしたかった」から。
「ホームヘルパーとして働き始めて、病院勤務のときに感じていた違和感は薄らぎました。ただ、介護福祉士の立場だと、どうしても自分が関わっている目の前の方にしか関われないですよね。さらに、すでにやることは決まっているので、プランを『もっとこうしたらいいのに』と思っても変えることができない。でも、ケアマネジャーになれば、全体を見ながら『その人がより豊かに暮らすためにはどうするか』をコーディネートすることができます」
介護の世界の中で感じた疑問や違和感に対して、まっすぐ向き合い続ける須藤さんは、介護福祉士として働きながらケアマネジャーの資格を取得。それから約15年もの間、ケアマネジャーとして職務にあたります。
しかし、この間にも、課題を感じなかったわけではありません。
ケアマネジャーとして、介護を必要としている方にもっといい環境を届けるにはどうしたらいいか――。
常に、よりよい介護を念頭に仕事に取り組んできた須藤さんは、ケアプランがあらかじめ決められていることに課題を感じ始めました。
「在宅介護や訪問看護領域においては、介護できる時間があらかじめ決められているんですよね。今日はちょっとの時間だけでいいというケースもあれば、通常のケアプラン以上の時間が必要な日もある。介護を必要とする方を長きにわたって支えていれば、当然変化もあるでしょうし、急遽対応しなければいけないこともある。そんな中で、『このケアプランは30分』などとあらかじめ決まっていると、その人の生活にうまくマッチしきれていない。そう思ったんです」
そうした状況を少しでも緩和したいという想いから、須藤さんが始めたのは多職種連携の試みです。多職種連携とは、その名の通り、ケアマネジャーや介護福祉士、医師、看護師、リハビリ担当スタッフなどが連携して密な情報交換をし、よりよいケアを提供していくこと。
実際に、2014年には本業であるケアマネジャーの仕事の傍ら、「ささかまhands」という団体を創設。仙台で他職種の人々が交流・連携し、専門職がしっかりと力を発揮できるような場所をつくれるよう、尽力してきました。
活動の成果自体に手応えを感じていましたが、本業においても介護を必要とする人により即したケアを提供したいという想いが募ってきたといいます。そんな須藤さんが次に導かれた先は、看護小規模多機能型居宅介護でした。
「看護小規模多機能型居宅介護というのは、看護と介護を組み合わせたサービスで、通いのデイサービスや宿泊、訪問看護、訪問介護など、多機能なサービスを受けられるんです。そもそもサービス時間という概念がないので、極端な例を挙げると、患者さんの顔を見るためだけに3分だけ立ち寄ってもいいですし、逆に訪問時間を長めにとる日があってもいい。看護も、介護も、通いも、訪問も、時間も、内容も、ある程度自由なので、その人の生活に限りなく即した支え方ができるんです」
看護小規模多機能介護施設に惹かれた須藤さんは、ケアマネジャーの職を一旦離れ、最初は仙台で看護小規模多機能型居宅介護の立ち上げに関わり、その約1年後に札幌に転勤してそちらでも看護小規模多機能型居宅介護の立ち上げに関わります。
須藤さんの介護職のキャリアには、「介護を必要とする人の生活をいかに豊かにできるか」というミッションが常に傍らにあったのです。
夢の手前で実感した「看護師という専門職」の重要性
看護小規模多機能型居宅介護の立ち上げに携わって5年ほど経った2023年4月。須藤さんは、自らの会社である株式会社handsmadeを創業。現在は、主にウィル訪問看護ステーション仙台とウィルケアプランセンターの運営を行っています。
看護小規模多機能型居宅介護という理想郷に出会っていながら、訪問看護ステーションを立ち上げるに至った須藤さん。その背景には、中長期的に叶えていきたい大きな夢がありました。
「介護領域でさまざまな現場に携わる中で、今度は自分自身で施設を立ち上げてみたいという気持ちが強まってきたんです。ただ、看護小規模多機能型居宅介護を立ち上げようとすると、施設を用意しなければいけないですよね。初めての起業としてはハードルが高いと思いました」
看護小規模多機能型居宅介護を立ち上げる手前で、できることはないか。そう考えたときに、須藤さんが着目したのは「全ての人に対応できるチームを作ること」でした。
「看護小規模多機能型居宅介護をやっていく中で、利用者の方の健康状態が安定していて、且つその人がやりたいことを実現させてあげられる状態をつくれる人は看護師だと思ったんです。介護に特化した施設と違って、障がいのある方や小児の方など、さまざまな方が利用される中で、質の高い看護師のチームを作ることが大切だなと」
中期的な夢である看護小規模多機能型居宅介護を見据え、看護師の質を高めていける訪問看護ステーションの運営を始めた須藤さん。しかし、自分自身で一から事業を立ち上げることもできた中で、フランチャイズであるウィル訪問看護ステーションを立ち上げようと思ったのはなぜなのでしょうか。
「一番魅力的だったのは、教育体制ですね。新しく開設したばかりの事業所が集まって、代表である岩本さんに質問させてもらったり、アドバイスをもらう機会があります。それから、会社を経営するうえで必要な各種書式の提供があるので、介護現場での経験が長くても経営のノウハウがほとんどない僕のような人にとっては、とても心強い存在でした。
それから、採用に関しても、ウィルの力を感じています。正直なところ、政令指定都市の中でもそれほど大きくない仙台のような場所では、ウィルを知っている人はいないと思っていたんです。でも、『ウィルがついに仙台に』と言ってくださった方も身近にいました」
今回の看護師募集に応募してきてくれた方の中には、ウィルの存在を知らない方もいたといいます。彼らが名前も知らない訪問看護ステーションに惹かれた理由として、須藤さんは「ホームページのクオリティの高さ」と「教育制度の充実度」を挙げます。
「現場で働いてくれる方向けの動画コンテンツが充実していて、訪問看護に行く前のマナーやバイタルチェックのやり方など、基本的なことから専門的な知識までが網羅されているんです。実際に、訪問看護の経験がなかった看護師も動画を視聴したことで安心して取り組めた、ということもありました。
また、ウィルには専門性の高い看護師の方も多くいらっしゃって、そうした方が危険予知のトレーニングについての講義をZoomをつないでやってくださることもあります。教育ツール以外にも、ウィルが自社で作っている電子カルテ『ウィルクラウド』というシステムがあり、看護師間の連携が取りやすくて助かっていますね」
「顔の見える関係」をどんどん広げていきたい
2023年4月から、仙台市宮城野区田子地区でウィル訪問看護ステーション仙台とウィルケアプランセンターの運営をスタートさせた須藤さん。立ち上げ間もない施設ですが、看護師の募集から1週間以内に応募が多数集まるなど、地元・仙台で長く活動されてきた須藤さんのもとに、多くの仲間が集まってきています。
新しい”場”をつくるうえで大切にされていることはなんですか、と聞いてみると、須藤さんのキャリアを貫くような答えが返ってきました。
「僕は患者さんがしたいようにできる場をつくっていきたいですね。もう一歩踏み込んで言うと、介護施設と在宅のサービスの差をなくしたいんです。
先ほどお話したように、訪問看護や在宅医療ではあらかじめサービス時間が決められているので、施設のサービスと全く同じようにとはいかず、『施設のほうが安心だよね』という考えになってきてしまいます。もちろん、施設での生活を望む方には施設で暮らしていただきたいのですが、在宅でも最後まで暮らせる仕組みがあるなら家で暮らしたいと考える方もいらっしゃいますよね。
どちらも同じサービスを受けられる状態にしたうえで、患者さんが好きなほうを選べる状態にしておきたいと思うんです」
須藤さんが、これほどまでに在宅の選択肢を重要視するのは、現場で見てきた”あること”にありました。
「一番わかりやすいのが、食事です。病院だと介助が必要だったり、飲み込むときにむせてしまったりと用意されたものをすべて食べるのが難しい方がいたとします。そうした方が家に帰ると、家族のつくった煮魚やカレーは難なく食べられるということが珍しくないんです。
実際に、家に帰って食事を摂れるようになった方の中には、点滴の回数が減って、点滴をほとんどしなくて済むようになった方もいました。そのたびに『家や家族の力ってすごいなぁ』と思わされるんですよね」
今後、在宅の選択肢を広げていくためにどのようなことが必要だと思われますか。そう尋ねてみると、須藤さんはここでも一貫して「連携」の必要性を強く訴えます。
「これまでは患者さんに関わる専門職同士の連携に重きを置いてきましたが、今後はその範囲を広げていきたいですね。たとえば、よく連絡を取り合う地域連携室の看護師さんだけではなく、病棟で働く看護師さんにも在宅に帰ってきた人の情報を届けていきたいです。
立地でいえば仙台市周辺の市町村の方々ともつながりを持っていきたいですし、看護小規模多機能型居宅介護を立ち上げるのであれば、障害を抱える方のケアに携わっている医療・介護関係者とも「顔の見える関係」になっていく必要がありますよね。こうしたことを実現していくためにも、まずは訪問看護ステーションの経営を安定させていきたいです」
生まれ育った環境とタイミングに導かれるようにして、介護の世界に足を踏み入れた須藤さん。自らの手で、看護小規模多機能型居宅介護をつくることが最終的な目標だと話してくれましたが、その先には、まだ輪郭のない大きな夢がありました。
「僕の会社には『全ての人のいきる(生きる・活きる)を支える』という理念があります。今は看護小規模多機能型居宅介護が中重度の方を支えるのに一番効果的だと考えていますが、もしかしたら看護や介護といった枠組みを超越した、すべての人を包摂する場所や事業ができるかもしれないとも思っているんです。そのかたちはこれから探っていきます」
須藤さんの挑戦は、これからもまっすぐ続いていきます。