重症心身障がい児が生きやすい世界は、誰にとっても生きやすい世界。FLAP-YARDが目指す平等の形

日暮里舎人ライナー・扇大橋駅から歩くこと約10分。大通りから一本入った静かな住宅街の中に、突然パッと明るい黄色の建物が現れます。ここ「FLAP-YARD」は、2016年に東京都で初めて重症心身障がい児を対象に開所した療育施設です。

「威圧感のない、地域に溶け込んだ親しみやすい施設にしたかったんです。なんて言っておきながらド派手な黄色なんですけど」と笑うのは、代表の矢部弘司さん。​​10年前、たった一人で施設を立ち上げました。

訪問介護の現場で働いて知った、重症心身障がい児とその家族が置かれた過酷な環境。その現実が、矢部さんを行動に駆り立てたといいます。

障がいを持つ子どもたちが生きやすい社会や、 理想的な「平等・公平」のあり方について、 矢部さんと副施設長の草野遥香さんにお話を伺いました。 

矢部弘司(写真左) 社会福祉法人ソーシャルデベロップメントジャパン理事長。2012年に0〜6歳までの重症心身障がい児を対象にした通園施設「療育室つばさ」を開設。2016年に「FLAP-YARD」の建設と共に、7歳〜18歳までを対象にした放課後等デイサービスもスタート。障害のある子どもも、ない子どもも一緒に保育する統合保育に力を入れ、重症心身障がい児とその家族が豊かで自由に生きられる地域づくりに取り組む。

草野遥香(写真右) FLAP-YARD副施設長。重症心身障がい児者入所施設での勤務を経て2014年に入職。統合保育や人事担当の傍ら相談支援専門員として子どもたちと家族に寄り添い、福祉・医療・教育情報の提供や関係者との連携を通じた暮らしの基盤作りに尽力している。

行くところのない重症心身障がい児の現状

FLAP-YARDは、主に0〜6歳までの重症心身障がい児を対象とした児童発達支援事業、7〜18歳までの重症心身障がい児を対象とした放課後等デイサービス事業の2つが柱となっています。それぞれの定員は、法律で定められた最小人数である5人ずつ。一人の子どもにスタッフが一人つき、子どもたちの意思を尊重しながら日々自由に過ごしています。

「子どもたちに『また来たい』と思ってもらえるよう、かわいらしいデザインをいろいろなところに取り入れています」(矢部さん)

子どもたちは医療ケアを受けながら、それぞれの希望に合わせ、電車に乗ってどこかへ行ったり買い物に行ったり、レストランに行ったりすることもあるそう。「ほとんどの子が外へ出かけ、施設内には誰もいない」ということも多いといいます。

東京都内にはまだまだ重症心身障がい児向けの施設が少なく、車で1時間ほどかけてFLAP-YARDに通う子も。矢部さんが施設を立ち上げるに至ったのは、そのように「行く場所がない」重症心身障がい児の現状を目の当たりにしたことがきっかけでした。15年ほど前のことを、矢部さんはこう振り返ります。

「当時働いていた訪問介護の事業所に、ある重症心身障がい児のお子さんがいました。家庭の事情で保育園に通う必要が出てきたので保育施設を探し始めたんですが、重い障がいを持った子どもが通えるところが全然ない。保育園に看護師を配置してもらえるよう役所に掛け合い、半年以上かかってようやく見つかったのが、バスを乗り継がないと行けない遠くの保育園だったんです」

矢部さんは、そのとき初めて重症心身障がい児を取り巻く環境の厳しさに気づきます。そして同時に、親の負担にも問題意識が生まれていったといいます。

「重症心身障がい児の保護者って、本当に苦労しているんです。事実、今世の中に存在するほとんどの福祉施設は親による活動がルーツになっています。親はただでさえ苦労しているのに、見て見ぬふりをしている一般の方の傍らで、同じ立場の親同士で結託したり自分たちで行政に交渉を重ねたりと、本来しなくてもいい苦労を重ねている。これは『障がい児は自分たちで見ててよ』っていう社会の圧力や無理解から生まれた状況ですよね」

そんな世の中に対し、「『許せない』なんて言うとちょっとかっこつけてる感じですけどね、ただ、やっぱり不公平だなと思ったんですよね」と矢部さん。親の思いからではなくても、一介の福祉従事者であっても、理念さえあれば施設を開所して運営できる。その例を作りたいという思いから、6年という年月をかけて、FLAP-YARDの前身となる東京都初の重症心身障がい児向け療育施設を開所したのです。

個別支援計画は徹底的に考え抜く

前例がないからこそトップランナーとしての矜持を持ちたい。店舗展開も事業展開もせずFLAP-YARDの活動に専念する代わりに、「重症心身障がい児の支援ならFLAP-YARDの右に出るものはいない」と社会に言わしめたい。開所当時から矢部さんはそんなビジョンを掲げています。

その思いが強く現れているのが、個別支援計画。FLAP-YARDでは、職員の役割を定めサービスの質を統一できるよう、利用者との契約書に相当する個別支援計画をとにかく入念に組み立てています。計画を作るとは「何ができるようになるために、何をするのか」を誰でも理解できる言語に落とし込むこと。具体的な方法は“企業秘密”とのことですが、「たとえば」とひとつ例を挙げてくれました。

「『手を伸ばしてお茶を取ることができる』という評価ではだめなんです。見たら誰にでもわかりますから。私たちの専門性とは、『お茶を取りたいと駆り立てた動機は何か』『筋肉に指令を送る伝達機能、筋肉の働きそのもの、触感を感知する皮膚機能、どこに障がいがあるのか』『その障がいを支援によって埋めるのか、社会が受け入れるものと位置付けるのか』……そういったものを全て言語化することです」

計画の中の目標が達成できなかった場合、両親に「お金を全額返します」と言ってもいい。個別支援計画は、それほどに重要で責任のあるものと位置付けられています。

また、職員同士で「このケアは本当にこの子のためになっているのか?」をディスカッションする機会も欠かせないそう。他の施設で通用していたルールがFLAP-YARDの子どもたちにも同じように適用されるかというと、そうではないことも多々あります。

「常識は常に疑うようにしています。お医者さんが作った指示書であっても、『これは本当にベストなケアなのか?』は一度話し合いますし、子ども自身から反応が得られなかったとしても『話せないからわからないよね』と諦めるのではなく、『本当にこの子が望むことなのか』は考え抜かなければいけないと思っています」

マニュアルが存在しない中、そういったことを一つひとつ考え抜くのは「ものすごく大変ですよ」と矢部さん。

「今、世界にそのスタンスで挑むのってすごく根気と覚悟がいることです。でも、うちは重症心身障がい児の支援では世界一になりたい。だからそこには絶対に妥協できないんです」

取材当日も、子どもたちは楽器で遊んだり絵本を読んだり散歩に出かけたりと、リラックスしてのびのび過ごしている様子が伺えました。その環境は、一切妥協をしないでサービスの質を求め続ける、矢部さんや職員全員の努力の上に成り立っているのです。

子どもは子どもの中で育つ。統合保育の可能性

FLAP-YARDでは、近隣の保育園との統合保育にも力を入れています。立ち上げ当初から近隣の保育園との調整を担ってきたのは、副施設長の草野さんです。

「現在は6園と交流があり、保育園に遊びに行ったり近隣の公園で一緒に遊んだりしています。保育園の先生方と一緒に遊びのアイディアを持ち寄りながらやり方を考えています。ハンカチ落としや風船バレーなどは盛り上がりましたね」

とはいえ、統合保育は「みんなで一緒に遊ぶこと」を目指すものではありません。たとえ一緒に遊べなくても交流の場を持つ理由は、「子どもは子どもの中で育つ」という考え方が根底にあります。

「私たちや子どもたちにとっては、ごくいつもの普通の姿、保育園児たちの日常が目に入るだけでいいんです。そうやって、他の子の動きを情報として取り入れることが大事で」

矢部さん曰く、1歳のときに寝たきりの状態でFLAP-YARDに通い始めた子が、保育園で走り回る子どもたちに囲まれて毎日を過ごした結果、他の子を摸倣して手や足を動かすようになり、2年半後にはハイハイができるようになったケースもあるのだといいます。

「まさか2年半でここまで、と私たちも驚きました。そして、子どもの可能性を大人が決めつけてはいけないんだなと思いました

これまでずっと食事の介助をされてきた子が、他の子どもが自分でごはんを食べる様子を見る。立って歩いたことのない子が、他の子どもたちが走り回っている姿を見る。そうやって新しい世界を知っていくことで、子どもの可能性は無限に広がります。

「人は見聞きしたことじゃないと行動化できないので、早いうちから情報収集ができる環境を作りたいと思っているんです。もちろん、本人が変化するかはその子自身の判断。『自分は同じように動けないから手伝ってもらおう』と思うか『ちょっと同じように動いてみよう』と思うかは本人に任せ、こちらから働きかけることはしないです」

また、統合保育が保育園児に与える影響もあると草野さんは言います。

「保育園の先生たちは、帰ったあとで子どもたちから『なんで首に穴が空いてるの?』『あの子はしゃべれないの?』『どうして歩けないの?』と質問責めに合うようです。そこから先生自身の勉強が始まり、お互いに理解し合うきっかけが生まれる。一度慣れてしまえば、保育園の子たちはまったく壁なくFLAP-YARDの子どもたちと遊ぶようになりますし、多様性理解の入口としてはすごく良いことなんじゃないかなと感じています」

差別のない世の中を語るとき、そこには「公平」「平等」という言葉が使われます。重症心身障がい児が生きやすい「平等な社会」について、FLAP-YARDはどのように考えているのでしょうか。

「まず、私が完全に間違いだと思っているのは、『自分でできるなら自分でやる』という考え方です。日本では、障がいを持って生まれたと認定されたら、介助者を使うのは本人に許された当然の権利なんです。自分でできようができまいが、お願いされたら介助者はやらなきゃいけない。たとえば、体に麻痺がある身体障がい者が朝着替えをするとき、介助なしだと1時間、介助者が一人いれば15分でできるとします。後者の場合、残りの45分を余暇など別のことに使えます。どちらのほうが自立度が高いか? の答えは明白ですよね」

障がい者にとっての自立は一人で何でもできることではなく、介助者を上手に使って自己実現を果たすこと。矢部さんはそう語ります。健常者と同じことが、同じようにできるのが「平等」ではない。それは統合保育の活動にも通底する考え方です。

「同じように遊んでほしいわけではなく、ただ子どもたちにとって『普通』『当たり前』の形が少し広くなってくれたらいいなと思っています。走り回るのが『普通』の子もいれば、車椅子に乗っていることが『普通』の子もいる。呼吸器がついているのが『普通』の子もいる。そうやって一度でも別の『普通』の形を知ったら、障がいがあるか健常かの違いなんて子どもたちにとってはどうでもよくなっちゃうんですよ」

「普通」や「当たり前」の形が少し広くなる。それだけでも、当事者が「公平」と感じる社会に近づくと矢部さんは考えています。

「私たちは支援者だからといって、社会に一方的に理解や丁寧な扱いを求めていくべきでないと思っています。障がい当事者も特別扱いをしてほしいわけではなく、平等がほしい。善意の押し付けにならないよう、『気がついたら当たり前にいる』という状態にしたいんです」

障がいが特別扱いされない社会は、誰にとっても生きやすい社会になり得る。それがFLAP-YARDの考え方です。

重症心身障がい児は『子ども』かつ『重度心身障がい』という二重のハンデを持っていて、今の社会では平等からもっとも遠いところにいる存在なんです。逆に言うと、重症心身障がい児が暮らしやすい社会ができたとき、それは誰にとっても暮らしやすい社会になっているはず。そうなったときは、社会全体が差別なく豊かになっているのではないでしょうか」

 

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