グリーフは乗り越えるものではない。グリーフサポートせたがやと考える、当事者への寄りそい

「グリーフ(grief)」という言葉を知っていますか?

直訳すると「深い悲しみ」「嘆き」を意味し、一般的には大切な人を失ったときに生まれる喪失感を指す言葉。グリーフとは、喪失体験にたいする全身全霊の反応のことであり、気持ちや考え方、価値観だけでなく身体や行動などすべてに表れるものです。

「グリーフサポートせたがや」は死別をはじめとしたグリーフを地域で支え合うことを目的に、2013年に生まれた一般社団法人。東京都世田谷区にある「サポコハウス」を拠点に、電話相談や個別相談、大人・子ども向けのサポートプログラムや講演会など、幅広く活動しています。

ひとことで「グリーフ」といっても、感情の受け入れ方や向き合うためにかかる時間の長さは人それぞれです。また、「こうすればグリーフが癒える」「こうすれば乗り越えられる」のような決まった解決法もありません。

「グリーフサポートせたがや」ではさまざまなグリーフを抱える人がどのように支え合っているのか。運営メンバーとして活動する松本真紀子さん、佐光正子さん、生田ゆみさん、稲吉久乃さんの4名にお話を聞きました。

<参加者プロフィール>

松本真紀子さん
自身の経験から女性が抱える生きづらさと「グリーフ」の関係に関心をもつ。2012年より「グリーフサポートせたがや」立ち上げの初期メンバーとして活動。

佐光正子さん
2008年からDVなど暴力被害者の支援に携わる。「グリーフサポートせたがや」の活動には、立ち上げ当初より参加。

生田ゆみさん
2007年に配偶者との死別を経験。松本さん、佐光さん同様、活動初期より「グリーフサポートせたがや」に携わる。

稲吉久乃さん
小児病棟の看護師として働いた経験、そして保健師として犯罪被害者支援の活動を通してグリーフサポートに関心を持ち、2021年夏からグリーフサポートせたがやの活動に参加。

当事者の集まりから生まれた「グリーフサポートせたがや」

「グリーフサポートせたがや」の前身となる活動が始まったのは、2011年の東日本大震災を経て「グリーフ」という言葉が周知されはじめた2012年頃。

「『グリーフについて学びたい』という思いを抱えた当事者たちが集い、グリーフに関わる講演会や勉強会を定期的に開催するようになりました。医療関係者や専門家が中心にいたわけではなく、当事者同士が協力して学び合いながら、お互いのグリーフサポートを兼ねた場を作っていきました」(松本さん)

当時から運営メンバーとして活動している松本真紀子さんはそう語ります。松本さんは、2011年に大切な人との別れを経験しました。それがグリーフサポートに関心を持つ大きなきっかけではありましたが、グリーフはもっと広義の喪失体験に関係する言葉で、死別に限ったものではないといいます。

「たとえば性暴力被害や犯罪被害など、自尊心を失ったり、大切な何かを奪われたりした経験に伴ういろいろな気持ちもグリーフです。私は2011年に経験した別れを機に、それよりもっと前の性暴力被害にも向き合うことになりました。グリーフというと『死別の悲しみ』をイメージされる方が多いと思いますが、想像以上に広い意味をもつ言葉なんです」

私たちは、死別喪失だけでなく、離別、暴力被害(安心感の喪失)、紛争や自然災害による被災(住まいや地域とのつながり、経済的な生活手段の喪失)、失業や就職難(希望の喪失)、貧困(人間らしい生活を営む権利の喪失)、いじめ、年齢・性・民族・宗教・障害・性指向や性自認などによる差別(自尊心やアイデンティティの喪失)、非婚や不妊などへの社会の不寛容(自己肯定感の喪失)など、直接・間接的な要因に起因するすべてをグリーフととらえています。

グリーフサポートせたがや 公式Webサイトより 

運営メンバーは、それぞれが多様な背景を持っています。生田ゆみさんは2007年に配偶者との死別を経験。佐光正子さんは、DVなど暴力被害者の相談の仕事を経て、喪失体験のケアに関心を持ちました。稲吉久乃さんは小児病棟で看護師として働いた経歴や、プライベートでは前夫のギャンブル依存により問題を抱えたことをきっかけに、自身や他者のグリーフについて学ぶようになったといいます。

はじめは少人数で始まった当事者同士の勉強会は徐々にその規模を広げていき、2013年、「一般社団法人 グリーフサポートせたがや」は産声をあげました。翌年には活動拠点として「サポコハウス」をオープン。講演会や勉強会を行なうだけでなく、グリーフを抱える人が気軽に集える場として運用をスタートしました。

多様なニーズにたいしてさまざまな選択肢を提供する

グリーフサポートせたがやでは、電話相談や個別相談に加え、「こどものサポートプログラム」「おとなのサポートプログラム」「パートナー死別サポートプログラム」など、参加者の年齢や状況に応じたいくつかのプログラムを展開しています。「自らのグリーフに自分のタイミングやペースで触れられるように安心・安全な場所を創りだす」という根本の目的は同じですが、参加者の多様なニーズにたいしてさまざまな選択肢を提供しています。

「こどものサポートプログラム」は、何かしらの理由で大切な人との別れを経験した子どものためのプログラムです。

「子どもはグリーフを遊びや行動で表現する傾向があるため、『こどものサポートプログラム』では始まりの時間と終わりの時間だけを決め、あとは1時間半の自由な時間を過ごします。何をやってもいいし、何もしなくてもいい。自分の大切なものを奪われる経験は自身でコントロールできないものなので、まずは『自分でコントロールできる』という感覚を取り戻すことを大事にしています。『今日はこのおもちゃとあのおもちゃ、どっちで遊ぼうかな』のような小さなことで良いんです」(松本さん)

子ども向けプログラムで大切にしていることは、子どもたちの主導権を奪わないこと。保護者も別室に移動し、子どもの意思に大人が干渉しないよう注意しているといいます。

「勝手におもちゃを追加したり、『こうしたら?』と誘導したり、アドバイスをしたりしません。大人はつい元気づけようとしてしまいますが、その子が自分らしく過ごせることが大切です。サポコハウスで見たり聞いたりしたことを口外しない『ないしょはないしょ』のルールを設けていて、『ここでは何を話してもいい』という安心感が持てるよう努めています」(松本さん)

これらのルールは、おとなもこどもも、その場にいる人みんなの安心・安全が守られ、「わたしも大事 あなたも大事」にできるために存在する

一方、大人は自分の思いや考えを言葉で表現できるため、「おとなのサポートプログラム」ではグループセッションが主な活動内容となります。

「死別を体験した人が集い、グループの中で自分の思いや経験を語っていきます。『今ここにいる自分』に焦点をあてることを大切にしています」(佐光さん)

大人のサポートプログラムの場で重要な役割を果たすのは、ファシリテーターの存在。

「ファシリテーターの役割の大きさはすごく感じますね。ファシリテーターが率直に自分の話をしたり、『話しにくかったらパスしていいんですよ』と言ったりするのを見て、初めて参加する人も『こういうことを言ってもいいんだ』『無理をしなくてもいいんだ』と体感してくれているなと感じます」(佐光さん)

初対面同士が話をするため、始まるまでは「今日はどんな時間になるかな」という緊張感も覚えるといいます。けれど始まってみると、気持ちが通じ合うことで温かい空気が生まれ、グループの中でしか得られない安心感や気づきが生まれる瞬間に立ち会うことが多くあるそう。

「参加者同士で気持ちが通じ合ったと感じたり、涙が出てしまう瞬間をみんなで見守ったりする中で、すごく温かい安心感が生まれることがあります。参加したからといって痛みや悲しみが小さくなるわけではないと思いますが、『一人じゃない』とか『わかってもらえた』という体験をして、みなさんの表情が心なしか穏やかになる。人との関わりの中で、解決でも癒やしでもない何かが自分の中に生まれていく。それが大人のプログラムの特徴かなと感じています」(佐光さん)

(HP内、「グリーフとは」よりスクリーンショット)

「パートナー死別サポートプログラム」は、運営を続ける中で新たに設けられたプログラム。婚姻関係の有無、お互いの性別にかかわらず、パートナーとの別れを経験した人に向けたものです。

「パートナーを亡くした方は、『パートナーは特別』という感覚を持っているんです。『同じ経験を持つ人にしかわからないよね』という共通認識のようなものがある。活動内容は『おとなのサポートプログラム』と同様ですが、そういった背景もあり、パートナーというカテゴリを設けています」(生田さん)

どのプログラムにも共通しているのは、始まりと終わりの時間を儀式的に設けること。

「子どもも大人も『さようなら』が言えないままお別れした経験をしている人もいるため、きっちりと“はじまり”と“終わり”がある経験をすることが、自分のなかの混乱した気持ちやモヤモヤを整理するにあたっての安心感にもつながります」(松本さん)

死別を経験したばかりの人、死別から長い時間が経っている人。さまざまな人がグリーフサポートせたがやを訪れます。それぞれが計り知れない悲しみを抱えていますが、同じ経験をした人と話すことで「自分だけじゃないんだ」と感じ、「わかってもらえた」という安心感を得ることが、自身のグリーフに触れる第一歩となるのです。

グリーフは「乗り越えるもの」ではない

「グリーフサポートせたがや」はそれぞれが抱えるグリーフをケアするための場ではありますが、目標は「グリーフからの卒業」ではありません。

「喪失体験は過去形でも、グリーフは現在進行形と言われています。『グリーフを乗り越える』という言い方がされることがありますが、グリーフは自分の人生の大切な一部です」(松本さん)

その理由について、松本さんはこう語ります。

「たとえば、お父さんを亡くした方がグリーフサポートのプログラムに参加したとします。気持ちがある程度落ち着き、サポコハウスに来なくてもだいじょうぶと思えていたときに、今度はお母さんが病気になった……というような場合、お父さんとの死別で抱えたグリーフが再燃したり、また違う感覚が生まれてくることがあります。『記念日反応』と言われるように、亡くなった人との思い出の日やイベントが近づくことで気持ちが不安定になることもある。グリーフは完全に消えるものではなく、大きくなったり小さくなったりを繰り返しながら、心の中に有り続けるものだと思うんです」(松本さん)

生田さんも続けます。

「もちろん、本人が『わたしは乗り越えました』と言うなら『乗り越えた』と受け取っても良いと思います。ただ、グリーフの衝撃や影響を他人が決めてはいけない。乗り越えたかどうかの価値判断やジャッジは、本人を傷つけてしまいます」(生田さん)

「グリーフ」はひとことでは説明できません。死別自体はもちろん大きなストレスですが、それに付随して、自分の役割がなくなる、経済的資源がなくなる、社会の中での居場所がなくなるといったたくさんの喪失が生まれます。一つの大きな喪失体験というよりは、そこに付随する一つひとつがグリーフにつながる。そのため、「一気に解決して卒業」となる性質のものではないのだといいます。

「『グリーフは育むもの』という考え方もあります。大切なものを失くし、足元が崩れるような混乱の中を生き延びるのは本当に大変ですが、その混乱にも『怒り』や『悲しみ』、いろんな名付けができます。それらを『自分の中にある力』だと認識して、その力をプラスのイメージに転換できた瞬間、その人が変わるような印象があります。

そういう気づきやきっかけが生まれたとき初めて、『グリーフ=持っていてはいけないもの』という思い込みから解き放される。そして初めて自分を認められる。『悲しくていいんだ』『怒っていいんだ』『その気持ちを言葉にしてもいいんだ』という感覚を掴むと、苦しさから少しずつ離れていける。そんなものかなと感じています」(佐光さん)

グリーフサポートのために、訪問看護ができること

「グリーフサポートせたがや」を知るきっかけは、ウェブサイトや病院からの紹介が多いといいます。自分のグリーフに気づき、どうにかしたいという思いを持つ人は自ら行動できますが、同時に「自分のグリーフを認識しておらず行動に移せない人」も多く存在します。

そういった人たちとグリーフサポートの架け橋として、訪問看護師は重要な役割を果たせる。稲吉さんはそう考えています。

「グリーフを抱えながらもSOSを出せていない人に出会える可能性が高いのが、訪問看護師の方々だと思うんです。訪問看護に関わる方たちがグリーフのことを知っていると、患者さんだけでなくその家族への関わり方もがらっと変わるような気がしています。

死別だけでなく、精神疾患や難病の当事者、その家族、いろんな人に生きづらさがあります。『グリーフかもしれない』という視点があるといいのかもしれません」(稲吉さん)

医療とは切っても切れない関係にあるグリーフ。しかし、まだ医療現場でグリーフサポートの必要性や意義が周知されていないという現実もあります。両者が連携していくためには、どうすればいいのでしょうか。

「私たちとしては、必要な人に少しでも役立つ情報が手に入るための役割を果たせれば。医療現場とグリーフサポートの現場がお互いに理解しあえるように、『こんな活動をしています』と伝えていく場面を作る。まずはそういう場を増やしていくことが大切なのかなと思います」(佐光さん)

「個人的には、あまりがっちり連携しなくてもいいのかなという気持ちもあります。全部が繋がっていると、逆に安心できなくなってしまう可能性もあるので……。

グリーフは誰もが抱える自然なものとみんなが知っている。グリーフを抱えたとき、サポートしてくれる場所があるということも周知されている。『連携する』というより、いろんなところに頼れる場所があって、どんなときにどこに行けばいいのかを選択肢として知っている。そういう状況が理想かなと思います」(松本さん)

看護や医療の現場のみならず、人生の中で誰もが抱える可能性のあるグリーフ。喪失感に苦しんだとき、その苦しみが自然な反応であること、また、必要なときにグリーフを受けとめてくれる場があることを知っているだけでも、その後の生きやすさは変わってくるのかもしれません。

 

シェア