『神奈川モデル』で作り上げた「遠隔+訪問」で行なう看護の型。ソフィアメディ株式会社・眞榮和紘さん

2021年夏、新型コロナウイルスの爆発的な感染拡大(第5波)により多くの感染者が自宅療養を余儀なくされました。医療提供体制が逼迫し、入院できずに自宅で不安を抱えながら過ごす感染者の様子が連日ニュースで報道されたことは、まだ記憶に新しいのではないでしょうか。

そんな中話題になったのが、神奈川県藤沢市で始まった「地域療養の神奈川モデル」。自治体が地元の医師会や訪問看護ステーションと連携し、療養サポートセンターを中心に、電話での遠隔看護(テレナーシング)を活用しながら、自宅療養者を24時間見守る体制を作り上げたのです。

このプロジェクトをまとめあげた立役者のひとりが、全国各地で訪問看護ステーションを運営するソフィアメディ株式会社で働く眞榮和紘(しんえかずひろ)さん。前例のないプロジェクトの運用を、地域の医師会や訪問看護ステーションと共に進めていきました。

「地域療養の神奈川モデル」はどのように発足し、どのような思いのもと運用されてきたのでしょうか。看護師として、マネージャーとして、立ち上げ期から奮闘してきた眞榮さんに聞きました。

プロフィール 眞榮和紘 看護師・保健師。中学生のとき、祖父が癌で死去したことをきっかけに看護師を志す。病院勤務を経て訪問看護の世界に入り、現在は「地域療養の神奈川モデル」を進めるチーム「ソフィアメディ株式会社・官民連携室」に所属

混乱する世の中で、何も貢献できていない自分がもどかしかった

看護師として約15年のキャリアを持つ眞榮さん。在宅看護の道に進みたいという気持ちは、学生時代からずっと持っていたといいます。

「看護師を志したのは、中学生の頃に経験した祖父の死がきっかけです。祖父は癌を患い、最期を集中治療室で迎えました。その姿を見て、人生の最後を家で過ごせたらなと思い、看護を学ぶことを決めました」

キャリアスタートは大学病院でしたが、やはり在宅看護への思いは常に頭の中にありました。

「病院での仕事は、患者さんの安心・安全を守るための診療補助業務やその関連業務など多岐に渡ります。業務に追われるうちにだんだんと日々のタスクを“こなす”ようになり、『人を見たくて看護師になったのに人を見られてない』というギャップを感じました。病棟での標準的なケアの良さももちろんありますが、私はそれよりも患者さんと1対1でより深く関わるケアがしたいと改めて実感したんです」

7年間病院で働いたのち、訪問看護ステーションに転職。在宅看護の現場はもちろん、管理職も経験しました。さらには看護をより学術的に学ぶために大学院に進学し、学問と現場の両方の視点で訪問看護の専門性を高めていくことに。新型コロナウイルスが流行し始めたのはその頃でした。

「当時は大学院の勉強に専念するため、仕事を中断している状態でした。世の中が大変なことになっているのに、自分は何にも貢献できていない。看護師資格を持っているのに活かせていないことに、漠然としたもどかしさを感じていました」

そんな眞榮さんに、知人から声がかかります。新型コロナウイルスに感染した自宅療養者のケアを早くから推し進めていたソフィアメディ株式会社で働かないかという誘いでした。それをきっかけに、眞榮さんは「地域療養の神奈川モデル」の立ち上げに携わることになります。

「自宅で過ごしている方に適切なケアができないかな、支えるための体制を築けないかなとずっと考えていたので、この事業に関わるきっかけをいただけて光栄でした。大学院と両立しながら、ソフィアメディ官民連携室での仕事をスタートしました」

丁寧に対話を重ね、信頼関係を築いていった

「地域療養の神奈川モデル」は、神奈川県と地元の医師会、そしてソフィアメディが主体となった療養サポートセンターが高リスクな自宅療養者と密にコミュニケーションを取ることで、患者が常に医療機関とつながることができる仕組みです。

<地域療養の神奈川モデルとは>

「地域療養の神奈川モデル」では、自宅療養患者を「在宅医療視点」で診るモデルとして、自宅療養者に対して、健康観察、オンライン診療、処方、訪問看護師による健康観察など、悪化リスクのある患者様、悪化が疑われる患者様の早期医療介入を可能とする新体制を目指します。

■業務内容
①健康観察
毎日の架電による健康観察を実施。病状に応じて回数を増やすなど柔軟に実施。

②訪問看護による健康観察
訪問して確認・判断が必要な場合は訪問看護師が訪問して健康観察を実施。

③オンライン診療
サポート看護師による架電・受電、訪問看護師の訪問にて必要性があればオンライン診療を実施。必要な場合処方し、療養者宅へ配薬を実施。

④搬送調整
サポート看護師、訪問看護師、医師の判断によって入院が必要な場合、119通報 or 県搬送調整班へ搬送依頼を実施。

(出典:https://www.sophiamedi.co.jp/news15196/

藤沢市から始まったこの取り組みは、2021年11月現在、横須賀市・厚木エリア・小田原エリアまで拡大。療養サポートセンターが対応した患者の数は約2600人に上ります。

今では自宅療養者ケアの成功事例としてメディアに取り上げられることも多い神奈川モデルですが、立ち上げからの道のりは決して平坦なものではありませんでした。自治体や地元医師会との調整役を務めてきた眞榮さんは、立ち上げ当時のことをこう振り返ります。

「藤沢市の医師会とプロジェクトを進めるにあたって、『なぜ東京の会社が神奈川で指揮をとるのか』をご理解いただくところから始まりました。最初は難渋しましたね。医師や訪問看護ステーションの方々と丁寧にコミュニケーションをとりながら、このプロジェクトの意義を説明していきました」

新型コロナウイルス対応に早くから注力し、医療機関や介護施設の感染対策、自宅療養者への支援、PCR検査サービス提供などの実績を積んできたことから、プロジェクトの取りまとめを任されることになったソフィアメディ。しかしその実績をもってしても、東京の事業所が藤沢の医師会や訪問看護ステーションを統率することへの反発は少なからずあったといいます。

眞榮さんは医師会や訪問看護ステーション向けに何度も説明会を行い、対話を重ねました。コロナ感染者を訪問看護でケアする事例がまだ少なかったこともあり、対応の仕方や自身の感染リスクなど、現場からは不安の声が多く聞かれました。

「コロナの患者さんを訪問したことないというステーションが多かったので、どんなフローでケアをするのか、看護師自身にどのような感染対策が必要なのか、濃厚接触者になることのおそれや、感染した際の就業制限をどうするのかなど、さまざまなリスクへの不安がある状態でした。

なので、普段の仕事に支障が出ないよう持続可能性のあるやり方で当番を回していく方法を提案したり、自分自身が感染した場合の対応を説明したり、ケアの手順をひとつずつ紹介したり……ひとつひとつ疑問にお答えしながら、根気強くコミュニケーションをとっていきました」

当時はまだ病院に空きがある状況だったため、訪問看護の重要さがあまり理解されない面もあったといいます。ただ、常に先のことを想定して動かなければいけないのが医療の世界。じきに訪れるであろう第4波に向け、自宅療養の体制を早めに整える必要がありました。スピーディーに、かつ丁寧に。その両輪を回しながら、地元関係者との信頼関係を築いていきました。

「時間はかかりましたが、丁寧に対話を進めていったおかげで『事業の利益性よりも社会課題のためにやっている』とご理解いただけて、地元の方々の賛同を得ることができたと思います。今では信頼関係もでき、みんなで協力しながら進められていますよ」

強みは「テレナーシングと訪問看護のハイブリッド」

そうして始まった地域療養の神奈川モデル。テレナーシングと訪問看護を組み合わせた先進的な取り組みは、最初こそ看護師たちのとまどいはあったものの、徐々にシステマチックに運用できるようになっていきました。

「看護師の感染リスクをなるべく避けるため、電話で状態観察やフォローをしながら、必要なら訪問看護で確認という体制をつくりました。対応する看護師は『電話で状態確認をするのは初めて』という方ばかりだったので、はじめは大変だったと思います」

多いときには一人の患者さんに1日3、4回電話することも。変化を感じたらすぐに訪問することで、病状の進行を早期に見つけ、スムーズに医療機関とつなげることができるのです。

「電話での声は元気そうでも、実際ご自宅に伺うと立っていられないくらい体力を消耗しているケースもあったり……。状態を確認すると脱水が進んでいて、すぐに入院しないといけないということもありました」

体調の変化をすぐに察知できることのほか、電話と訪問で継続してコミュニケーションを取り続けるメリットのひとつとして、その人の生活や背景、考え方を包括的に見られることが挙げられます。一人ひとりとじっくりコミュニケーションをとり、「この人はなぜそう思うのか」を理解した上でベストなやり方を提案するーー。それもまた、看護師に求められる能力です。

眞榮さんは、ある一人の患者さんのことを振り返ります。

「刻一刻と状態が悪化していながら、ずっと入院を望まない方がいて。何度も電話したり訪問したりして、まずは在宅酸素療法の導入、そして、ステロイド薬の内服、と少しずつ出来る事を日々重ねていきました。『自宅療養はあと1、2日が限界だと思います。入院して治療を行い、踏ん張りませんか』と対話を続けていました。その結果『そこまで言ってくれるなら入院して治したいと思います』という意思決定をしてくださったんです。対話を続ける中でお互いの考え方を理解して穏やかにコミュニケーションが取れるようになり、ご本人の行動変容を促せたのは、命をひとつ救えたという点ではとてもよかったと思います」

「家から離れた病院に入院したくない」「金銭面で不安がある」「子どもやペットを家に置いていけない」といった理由で、どうしても自宅療養を希望する人もいます。いろいろな考えのなかで優先順位を一緒に考え、本人が大切にしていることを尊重して意思決定に関わること。それが看護師のいる意味だと眞榮さんは言います。

「たとえば、ひとり親家庭でお子さんがいるから入院できないという方には、児童相談所や地元の保健師さんといったほかの福祉分野と連携しながらフォローすることもあります。ご本人の環境に目を配り気を配れるのが看護師。それぞれの背景を思いやりながら、総合的な判断をしていきたいと思っています」

第6波に備え、より質の高いケア体制を

2021年10月現在、第5波と呼ばれる時期が過ぎ、現場は少し落ち着いてきています。それでも、次の感染拡大に備えて油断はできません。第6波が確実に来ると言われている中で、眞榮さんはこれまでで見えてきた課題を踏まえた体制作りを進めています。

「急性疾患に対するテレナーシングはコロナ禍で拡大してきた手法なので、まだ対応がスムーズにできる看護師が少ないという実情があります。なので看護師ごとに質のばらつきが出ないよう、教育にも力を入れています。チームとしての水準を一定に保ちつつ、これから新たに仲間を迎えることがあったとしても、質を下げずにサービスを提供し続ける。そのための準備に、今ようやく腰を据えて取り組めています」

前述のように患者本人の考え方を考慮した上で、精神面からもサポートを行うのが看護師の大きな役割です。少しでも安心してもらえるよう、サービスの質に妥協はできません。

「自宅療養中はお仕事や学校から離れることになるので、大人と話す機会が看護師と話すときくらいしかないという方もたくさんいます。『人と話せてよかった』とか『診察をなかなか受けられないけど看護師さんと話せると安心する』とか、心のよりどころのように感じていただけることもあって。心身ともにサポートすることが看護師のいる意味なんだなと実感しています」

「患者さんと1対1でじっくり関わりたい」という思いから訪問看護の世界に入った眞榮さん。まさに今、一人ひとりと密に関わりながら、それぞれの思いや背景を尊重した看護の形を実践しています。

「病院を辞めたのは、“目の前の業務をこなす”仕事をずっと続けるイメージが持てなかったから。でも、マニュアルに沿った標準化された看護は、誰がやっても同じ水準がキープされるという利点もあります。訪問看護のきめ細やかさと、病院の均一化されたクオリティ、どちらの良さも取り入れてケアをしていけたらと思います」

徐々に対策はわかってきたものの、新型コロナウイルスの流行がいつ終息するのかは誰にもわかりません。先行きの不安を皆が抱える中、その不安を少しでもやわらげるために、今日も医療従事者たちは挑戦を続けています。

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