咄嗟の判断で救急車を呼んだことが、本人・家族の望まない状況をもたらしてしまうことがあります。
例えば……下記のような状況。
・「延命治療はしない」と決めていたが、自宅で容体が急変し救急車を呼んだら人工呼吸器を付けられてしまった
・自宅で家族が亡くなり、119番通報をしたら警察に引き渡されてしまった
LIC訪問看護リハビリステーションの所長・黒沢勝彦さんには、看護師として働き始めてから目指し続けている理想があります。それは「望まない救急搬送を減らしたい」ということ。
学校を卒業して最初に務めた外科病棟で、とある乳がん患者の女性と出会ったことで芽生えたその願いは、救命救急、訪問看護ステーションと2度の転職を経て、今少しずつ形になろうとしています。
より専門的に患者さんや家族をサポートするため、この春から大学院で専門看護師(※)を目指して勉強も始めた黒沢さん。めまぐるしい日々の中で専門性を磨き続ける熱意の源泉を伺いました。
(※)専門看護師(CNS:Certified Nurse Specialist):「特定の専門看護分野で水準の高い看護を効率よく提供するための知識と技術を深め、卓越した看護を実践できる」と認定された看護のスペシャリスト。看護系の大学院に2年以上通った上で認定試験を受け、合格することで認定される
「延命治療はしない」と言っていたのに
「高校生くらいから、漠然と医療系の道に進みたいなと思っていた気がします。人と関わることが何となく性に合っているような気がして、医療職でコミュニケーションがとれる仕事なら看護師かな、とぼんやり考えていました」
学校を卒業後、埼玉の病院に就職。その病院で最も忙しいと言われていた外科病棟に配属されます。「趣味の音楽を続けたかったので土日休みの勤務がよかったんですけど」という黒沢さんの希望とはまるで正反対の多忙な病棟。理想とは異なるキャリアのスタートだったものの、ここで出会ったある乳がん患者の女性に起きたできごとが、この後の仕事観に大きく影響を与えることになります。
「外科病棟はがん患者さんが多かったんです。そこで出会ったある乳がんの患者さんが、抗がん剤で髪の毛が抜けてからウィッグを作られたんですが、抵抗があったようでずっと(ウィッグを)つけていなかったんですよね。でもある日、ナースステーションに初めてウィッグをつけた姿を見せに来てくれたんですよ。その光景が今でも頭に残っていて。その関係性とかやりとりがすごく豊かなものに感じたというか、看護師という職業が患者さんに与える影響が大きいことを理解したんです。だって、普通わざわざ見せに行こうと思わないですよね」
その女性は、一度はがんが治ったものの1年後に再発。身体中に転移が見つかりましたが、延命治療はせず、家族とも相談し自宅に戻ることを決断します。しかしその後、黒沢さんは病棟で思いがけない光景を目にすることになります。
「ある日出勤したとき、その方が違う病棟に入院していると知ったんです。今どんな状態なんだろうと心配になって様子を伺いに行くと、人工呼吸器を使っていたんですよね。その姿を見たとき、本当に切なくて。ご本人と家族が『延命治療をしない』と決めていたのを知っていたので」
自宅で容体が急変したとき、家族が救急車を呼び、家族が希望すれば病院側はできる限りの治療を行います。その結果、望まない延命処置が行われてしまうこともあります。このできごとをきっかけに、黒沢さんは救急車を受け入れる側である病院という場所での看護師のあり方にもどかしさを感じるようになります。
「患者さんが望まない入院をしないために、がん看護だけじゃなくもっと勉強して経験を積まなきゃいけないんじゃないかという気持ちになりました。修行するぞと思い、救命救急のある病院に転職したんです」
病院の中ではなく、地域に出なければ状況は変えられない
看護師8年目で、救命救急の病院に転職。黒沢さん曰く「とにかくめちゃくちゃ忙しい病院」で、玉突き事故的に訪れる救急車の対処に追われる毎日。救急車が重なれば人的、物的リソースを分配せざるを得ず、常に人や物が足りずに皆が疲弊しきっている職場でした。
「これでは人を救えない」という危機感とともに、またしても黒沢さんは前の病院で感じたことと同じもどかしさに直面します。
「おじいちゃんやおばあちゃんが自宅で亡くなって救急車を呼んだ結果、検視に回されてしまうことが本当に多くて」
闘病していた人が自宅で亡くなったとき、家族によっては救急車を呼ぶことがあります。しかし、病院に到着して治療が行われ、その後に亡くなるとそのまま検視のために警察に引き取られてしまうという現実があるのです。多くの人がそれを知らないがゆえに救急車を呼び、病院側から「ご遺体は警察に行きます」と言われて唖然とする——。一日に一度は見られたというその光景は、前の病院で感じたジレンマを思い出させました。
「その人がもっと安らかに……といったら陳腐ですけど、救急車を呼んで救命処置を施す以外の過ごし方ができたんじゃないかなと、自分は病院内で何をしているんだろうと思いました。少し偏った表現ですが、病院では救急車を受け入れ、最善の治療を目指します。救命救急においては、そこにとことん向き合います。だけど、その前段階での働きかけはできません。そのとき、看護師はもっと地域に出て患者さんのサポートをしていくべきだと思ったんです。地域から急性期医療をサポートする看護師になれないだろうか?と考えるようになりました」
病院にいても状況を変えられないなら、地域の中で。救命救急のハードな現場で経験を積んだ黒沢さんは、それを糧に在宅看護の道へ進むことを決めました。
「CNS行ったほうがいいっすよ」に後押しされて
「LICには最初は現場の看護師として入り、その後しばらくして所長になりました。訪問看護の仕事を始めてまず思ったのは『これは救急車減らすの大変だな』と。自宅という環境で、病院と同じ医療サービスを提供するのは無理ですし、そもそも目的が違います」
「これはもはや笑い話なんですけど」と前置きし、黒沢さんは所長になった当初を振り返ります。
「『救急車を減らしたいんです』って言って入職したのに、僕が管理者になってから救急要請が増えたんですよね。医療依存度の高い方や重症の方を多く受け入れるようになったという事情はあるんですが、『黒沢さん、救急車減らしたいんじゃないんですか? 黒沢さんが管理者になってから救急要請増えましたよね』って他のスタッフから言われたり……」
病院と在宅は、当然ながら設備や人的リソースがまったく異なります。初めてその差異を目の当たりにすることで「救急搬送を減らすのは難しい」と実感しましたが、決してそれは後ろ向きな諦めではなく、前向きな考え方の変化でもありました。
「看護師は医療的な知識や技術を思う存分発揮しなければいけないときもありますが、支えるべきはどこなのかってその時々の状況によって違いますよね。医学的に根拠が明確で正しくても、生活や暮らしの中ではそれは正しいだけであって、必ずしもその人に最適ではないはず。できる限りその人や家族が頷ける選択を、自らできるように支援していく。そんな風に考えながら在宅で患者さんに接していると、私がするべき大事なことってこれかなーっていうのが、自然と見えるようになってきたというか。なので、単純に『救急車の出動が少なくなればいい』とは思わなくなりました。事情があって救急車を呼ぶ選択をしたのであればそれがベストだよなと。ただそうすると、今後は『在宅医療において看護師が介入する意味はなんなのか』を包括的に学びたいと思うようになって」
患者さん個人だけでなく、その家族や地域も含めた包括的な看護を行う。そう考えたとき頭に浮かんだのは、「専門看護師」という言葉でした。当初はまったく現実的な選択ではないと考えていたものの、周りからの後押しで、徐々に大学院への進学が現実味を帯びてきます。
「『自分には無理だな』という気持ちがあったんですけど、ある日知人の専門看護師とコンビニの前で夜な夜な話をしていた時に、『黒沢さんCNS行ったほうがいいっすよ。大変だと思うけどいいんじゃないですか?』って言われて。真に受けちゃいました(笑)」
さらに、同じ地域にいる専門看護師から「大学院に行って学んだことが今の糧になっている、看護の見え方が変わった」という話を聞いたことも、黒沢さんのやる気を後押ししました。
専門家として、脇役として、患者さんと家族の判断をサポートしたい
専門看護師とは、「実践」「相談」「調整」「倫理調整」「教育」「研究」という6つの役割を実践するスペシャリスト。13の専門看護分野に分けられており、黒沢さんの専門は「在宅看護」です。
「周りへの影響も含めて、働きながら大学院生になることの迷いは大きかったです。妻には『こういう突拍子もないことはこれで最後にしますのでお願いします』と伝え、『うん』とも『いやだ』とも言われず半ば勝手に受験し、合格して今に至ります……。あとは、やっぱりステーションですよね。会社の代表にはもちろん、スタッフはみんな僕が大学院に通うことを心配しました」
2022年4月から3年間の通学。所長というポジションの人間が、長期間ステーションの中枢を離れることは、職場からしたら大きな痛手でもあります。試験を受ける段階で職場に伝え、ステーションの運営業務のほとんどを副所長に引き継ぎ、訪問件数も0件に調整するなど、地道な地ならしをしました。
そうして入試に挑戦し、めでたく合格。大学院生としての生活がスタートします。
「今の大まかなスケジュールは、週2日ステーションに行き、3日間は大学院に行って学習をしている……という感じです。今は訪問を0件にしてもらっていますが、スタッフからの連絡はなるべくいつでも受けられる状態にして、緊急当番も月の半分は担当しています。まあ実際、かなりハードですよね(笑)」
管理者と勉強の両立はきついときもありますが、専門看護師の資格を取得したあとのビジョンが明確だからこそ、目標に向かって邁進できていると黒沢さんは語ります。
「専門看護師の資格を取得したら、救急搬送されて嫌な思いをする人が少しでも減るような働きかけをしていきたいんです。それが僕のひとつの目標です。本人と家族が理解して納得した上で選択できるように、正しい情報を提供したり、今気づいてないことを意識してもらったり、脇役としてちゃんと支援することが看護師の役目です。より専門的に、看護のスペシャリストとしてコミットできる部分が重要なんだと思ってます」
入院を回避できるはずなのに搬送されてしまう状況は、何かしら足りないことがあるからこそ生まれているものです。専門職の立場として、押し付けではなく周りから、本人や家族が望む選択ができるようサポートをする。そうして救急車を呼ぶ/呼ばないの判断ができ、自分たちの意志で最期を選び取ることができる。それが地域で当たり前になるのが、黒沢さんが今の仕事で目指す未来です。
「もうひとつ、専門看護師という肩書きを、組織を動かしたり物事を変えたりするためのポジションパワーをしっかり使っていきたいとも思います。具体的には、地域の基幹病院との相互研修をスタートさせています。それをキッカケにして、病院で退院する人の調整・支援をする場に、地域の訪問看護師が当たり前に参加している状態を目指したい。病院だけで考えるのではなく、地域全体で入院や退院を支える仕組みを専門看護師として実現したいですね。ひいてはそれが入院や救急車を呼ぶ頻度を減らすことに繋がると信じています」
管理者と大学院。決して楽ではない両立の道はまだ始まったばかりです。
この先黒沢さんのような看護師が増え、望まない搬送を避けられる人が一人でも増えれば、地域、病院、そして患者さん本人とその家族すべてが納得できる医療の形に一歩近づくことができるのかもしれません。