世間のメジャーで人を評価しない。就労継続支援B型事業所ハーモニーが目指す「居場所」作り

世田谷区にあるハーモニーは、「就労継続支援B型」と呼ばれる分類に属する、主に統合失調症などの精神疾患を抱えた人のための就労支援施設です。

他の場所に馴染めなかった人のための「居場所」として運営されてきたハーモニーのスローガンは、「いたずらに人を評価しない/されない」。作業シフトが決められている一般的な作業所のスタイルとは異なり、「いつ来てもいい」「何もしなくてもいい」というゆるいルールのもと運営されています。

とはいえ、就労支援を謳っている以上、居心地ばかりを優先できない難しさもあるはずです。スローガンにはどのような思いが込められているのでしょうか。また、日々の中でその言葉をどのように体現しているのでしょうか。

施設長を務める新澤克憲さん、そしてハーモニーに通うメンバーのみなさんにお話を伺いました。

新澤克憲 大学院中退後、デイサービスの職員、塾講師、木工修行を経て、就労継続支援B型事業所ハーモニー施設長。共著書に『超・幻聴妄想かるた』(2018年、やっとこ)。(撮影:齋藤陽道)

どこにも行けない人たちの居場所を作る

ハーモニーが誕生したのは1995年。世田谷区が就労支援施設の運営に力を入れ始め、全国に先駆けて多くの作業所ができ始めた頃でした。1995年当時、すでに区内には15ほどの施設があったといいます。

「就労見込みが高い人のための施設、若年層に特化した施設、女性のための作業時間が設けられた施設など、さまざまなニーズや実情に沿った場がすでにありました。一方で、既存の場所に馴染めない人も同時に存在していたんです」

現在ハーモニーの所長を務める新澤さんは、知人に誘われてハーモニーの立ち上げに参加しました。どこにも行く場所がない人のための「居場所」。そう呼べる場所を作るという信念のもと、今日まで運営されています。

ハーモニーの立ち上げに参加する前は、地方公務員として重度の身体障害を抱えた人のためのデイサービス事業に携わっていた新澤さん。現場の仕事にはやりがいを感じていたものの、施設と社会の接点がないことをずっと課題に感じていたといいます。

「公務員をやめてすぐの頃は、当時関心があった木工の技術を学んで、身体障害を持つ人と一緒にものづくりができたらいいなと考えていました。なのでハーモニーの仕事は数年間の腰掛けのつもりだったんですが……」

「少し手伝うだけ」のつもりが、施設運営のノウハウを持っていたため所長に就任。それからもう30年近くが経ちます。

「作業できる人」がえらいわけじゃない

「居場所作り」という性格上、ハーモニーのスタイルは他の多くの作業所とは異なるところがあります。

就労支援施設は、現場に訪れて決められた作業をすることで工賃をもらうシステム。多くの作業所は「週3回は来る」といったルールを設けているそうですが、ハーモニーは調子の悪いときには1週間に一度でも、2週間に一度でも構いません。作業のシフトも特に組んでおらず、ふらっと訪れて好きなように過ごせる空気があるといいます。

キャプション:オンラインで取材を実施し、ハーモニーのメンバーさんたちにもお話をうかがいました。

ハーモニーに通うメンバーの一人、向井さんは、ハーモニーの特徴についてこう説明します。

「作業所というと、袋詰めや箱作りなどの作業を淡々と行う場所というイメージもあるかもしれませんが、ここでは自分の適性に合わせて各々好きなことをやっています。詩を書いて出版している人もいるし、小説を書いたり絵を描いてカレンダーにしたり……それぞれがいろんな形の活動をしています」

「近隣の公園や駐車場の清掃、併設されているショップの商品の品出し、ショップに置くハンドメイド作品の制作などの作業もありますが、雑談したい人はずっとおしゃべりしているし、タバコを吸いたい人は吸う。まとまりはないけど好きなことができる場所なんです」と語るのは、メンバーの“金ちゃん”さん。

ハーモニーを利用する人たちは、何をしてもいい雰囲気に居心地の良さを感じているそう。

「ハーモニーは心安らぐ居場所です。だらだらしていても怒られない(姫さん)」

事情があって作業しない人たちが安心していられる場所ですよね(黒瀬さん)」

それぞれの話しぶりから、気兼ねなく過ごせる自由な空気が伺えます。就労支援施設である以上、就労はひとつのゴールですが、ハーモニーはそれだけを目指すわけではありません。

「就労を望む方が100人いたとして、その中の10人が一般就労できたらすごいこと。自分の望む形での就労が叶わなかった残りの90人の方が、そのままで大丈夫だと安心出来たり、ほかの道を見出したり、次のチャンスを見出したりするサポートをすることも、広い意味での就労支援なのかなと思います」と新澤さん。「ただ、そこにいる」ことで自己評価が下がらないよう、スタッフは「いつ来てもいいし、来ても何もしなくてもいい」というメッセージを随所に散りばめて伝え続けているといいます。

(撮影:櫻井文也)

「ある程度意図的に『働くことだけが選択肢じゃないよ』というオーラを職員から出していくようにしています。一生懸命やってる人を『すごーい』って持ち上げつつ、『いつまでやってるの』『そんなにがんばったら疲れるよ』なんて言ったりとか……」

その後のフォローも忘れないと前置きした上で、新澤さんは続けます。

「ハーモニーには『いたずらに人を評価しない/されない』というスローガンがあります。『いたずらに』がポイントで、たとえば『作業できる人がえらい』という世の中の価値観をそのまま引き受けることでつらくなるのなら、その価値基準を逆転させたり、ひっくり返しておもしろくしたりしたいと思うんです。そうでないと、世の中の価値観に添えない人の自己評価がどんどん下がってしまう。一つの評価軸ですべてを測ろうとするのではなく、時と場合によってさまざまなメジャーがあっていい。『そのメジャーは正しいのか』をいつも問い直せるのが専門性だと僕は思っています」

その信念が垣間見える活動のひとつが、2011年に発売されて人気となった「幻聴妄想かるた」。統合失調症のメンバーが経験した幻聴や妄想を読み札にまとめ、かるたとして遊べるように作った商品です。

ハーモニーのネットショップにて、購入可能

幻聴や妄想は統合失調症を抱える多くの人が経験すると言われていますが、話しても真剣に受け止めてもらえないことが多く、心身を苦しめる問題であるにも関わらずなかなか他人に伝えにくいという現状があります。幻聴妄想かるたの製作は、深刻な症状として捉えられがちな幻聴・妄想にあえて遊びの要素を取り入れることで、メンバーが見ている世界を外に伝えていこうとする試みでした。

かるたの製作に携わったメンバーからは、自身の体験をオープンにすることで気持ちや人間関係に変化があったという声があります。

「普段は世の中の人たちに聞いてもらえないことを熱心に聞いてもらえて、とても気持ちが落ち着きました(益山さん)」

「友達にかるたを渡したら、『正月家族みんなでやって楽しかったよ』と言ってもらえました(金原さん)」

「だいぶ自分のことを暴露したなと思います。その分、自分の中に止めておかないといけない秘密がなくなったし、人に説明するのも楽になったと感じます(姫さん)」

(撮影:櫻井文也)

(撮影:米津いつか)

かるたがきっかけで新たな才能に開眼したメンバーもいます。「それまで絵を描いたことなんてなかったんですけど、かるたのイラストを描いたら初めて人から褒められたんです。ちょっと信じられなくて、『これはおかしいぞ』という気持ちも強いのですが……」と語るのは、かるたのイラストを担当した殿さん。イラストはその後も描き続けています。

出会いの偶然性を奪うことは最大の罪

(撮影:櫻井文也)

ハーモニーでは数年前から、アーティストとコラボレーションしたイベント「お金をとらない喫茶展」を開催しています。アーティストとメンバーがカウンターでコーヒーをふるまったり、一緒に絵を描いたり、お客さんの悩みごとに応えたりと、訪れた外部の人と一緒に何かができる場です。ハーモニーを開いた場所にしていきたいという思いはあるものの、地域との関わり方は未だ模索中の部分が大きいと新澤さんはいいます。

(撮影:櫻井文也)

「地域との理想的な関係がどういうものなのか、実は僕もいまだによくわからないんです。バザーやお祭りみたいなイベントを一生懸命やっても地域から反対運動が起きることもあるわけで、こちらから近づきすぎる必要もないのかな……と思ったりもします。なんというか、ゆるく見守っていただければそれでいいんですよね」

言葉をゆっくりと選びながら、新澤さんは続けます。

「道端で寝転んじゃう人を見て見ぬふりしてくれるとか、『あそこで〜〜さんが寝てたよ』『あの人コーラ飲み過ぎてるみたいだけど大丈夫かしら』って教えてくれるとか、歓迎はしてくれなくてもある程度認知してもらえているくらいの関わりがお互いにとっていいのかな。最近はそんなふうに思い始めました」

もちろん、地域の人たちの中には「(ハーモニーのメンバーと)関わりたい」と感じる人もいます。地域にも開かれた場所作りを意識する一方で、何か「良くする目的を持って関わろうとする人ばかりに囲まれることが、出会いの偶然性を奪うことに繋がると新澤さんは危惧しています。

「“障害者”というラベルがつき支援施設を利用したとたん、彼らは自分を良くする目的を持つ人たちに囲まれてしまうわけです。支援員、相談員、看護者や介護者、療法士。気づいたら目的を持つ人に包囲されている。

もちろんそういった人たちの力も必要ですが、大事な出会いって偶然から始まると僕は思うんです。だから、「良くする目的」を携えずにくる人と会うチャンスを作りたい。『何もわからないまま来た人と、何もわからないまま何かが始まる』というのが出会いのおもしろさ。当事者から偶然に人と出会う機会を奪うことが最大の罪と感じます」

まずは目的を持たず、ただ同じ場に身を置く。そこから生まれる偶然性に身を任せる。そうして始まる関係が、今求められているものなのかもしれません。

(撮影:櫻井文也)

安心して暮らし続けるための地ならしを

「『君の根底には怒りや恨みがあるよね』と言われることもありますし、自分でもそう思います」

これまでハーモニーを運営してきた中で、メンバーの苦しみにうまく対処できなかったこと、医療や制度との関わりがうまくいかなかったことなどさまざまな悔しさも経験してきたと、新澤さんはふと後悔を滲ませます。公私の境なく関わり続けてきたハーモニーという場、そしてハーモニーに集う人たち。「職場」「利用者」という言葉では片付けられない関係性がそこにはあります。

ハーモニーのメンバーの平均年齢は、現在50〜60歳。自身や家族の老いを中心に、この先向き合っていかなければいけない問題は多々あります。新澤さんも同世代の当事者として、「老い」を中心とした課題にメンバーと共に向き合っていきたいと語ります。

これからハーモニーをとりまく環境がどのようになってほしいかを尋ねると、新澤さんからはこんな答えが。

「年を重ねてもこの街に住み続けられて、排除されない社会との関係を築けること。その地ならしをしていかなければと思います。安心して住みたいところに住み、会いたい人に会い続けられる環境を作りたいです」

「メンバーとは“同じ船に乗っている”と思っているんです」と新澤さんは続けます。

「同じ地域に住んでいると、メンバーとは長ければ10〜20年の付き合いになることもあるわけです。ハーモニーを離れたメンバーとも、生活のどこかで関わり続ける。一時的に支援者―被支援者の関係があったとしても、24時間利用者、24時間スタッフなわけではなく同じ地域の隣人として、長くつきあっていられるためにはどうしたらいいかと考えています

(撮影:齋藤陽道)

トップ画像撮影者:シマダカズヒロ

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