【対談】オマハシステム導入で目指す、訪問看護の新しいカタチ

効率良く、効果的に訪問看護師が記録し、定量的にケアの成果を評価することで、サービスの向上や発展を目的に開発されたものが「オマハシステム」です。アメリカ・ネブラスカ州オマハの訪問看護師協会を中心に1970年代後半から約20年かけて開発されました。一度は耳にしたことがある方もいらっしゃるではないでしょうか。

「オマハシステムは看護過程を可視化するためのルールブックみたいなもの」と話すのは、東京大学大学院地域看護学教室に所属し、在宅ケアや地域医療に関する研究に取り組む成瀬 昂(なるせ たかし)先生。しかし、日本国内では片手で数えられるくらいの施設が導入している程度で、ほとんど普及していません

そんななか、2018年秋、日本の訪問看護事業所において、現場の実務レベルにオマハシステムをいち早く導入したのはウィル訪問看護ステーションでした。同ステーションに所属する訪問看護師の岩本大希さんは、成瀬先生の力を借りながら看護過程におけるデータを取得し、ケアの成果測定を行っています。

オマハシステムを導入することで、どんなことができるのか、何がどう変わるのか。お二人による対談をお届けします。

看護師の「頭の中」は見えづらかった

岩本:僕らはオマハシステムを「業務分類ツール」と説明することが多いんですけど、分かりづらいし、“システム”ってついてるからソフトウェアだと誤解されることが多々あります。オマハシステムを知らない方には、どう説明すると伝わりやすいでしょうか。

成瀬:「看護過程を体系的に記述・説明するためのルールブック」って表現するのはどうですか。

【看護過程とは】
看護師が利用者に看護を提供するプロセスのこと。ケアをする際に思考する一連の流れのこと。看護をする際、以下6ステップのPDCAサイクルを回している。

「看護過程のステップ 」

1.アセスメント
利用者の情報を収集・分類・整理する

2.問題特定
利用者が抱える問題を分析・特定する

3.看護計画
優先順位を考え、看護計画を立案する

4.実施
看護計画を実施し、内容を記録する

5.評価
実施した看護計画を評価する

6.修正
実施した看護計画のうち、必要なものは修正する

岩本:わかりやすいですね。

成瀬:看護師は「優しくて、手当をしてくれる人」というソフトなイメージがあるかもしません。その仕事の過程を整理してみると、こんな風に、とても構造的で計画的にサービス提供がなされているんです。

岩本:オマハシステム導入前は、看護師の判断や実践記録を残すとき、看護師一人ひとりが自分の使いたい言葉で(自然言語)で表現していました。でも、それだと困ることが、大きく分けてふたつあります。
まず、みんなが思い思いの表現で記録していたら、そもそも「データ」として活用できないんですよね。第三者が記録を見たときに、何が記録されているのか、なかなか詳細にわかりづらい。そこに手を出して、活用しやすいデータとして残していこうとするのはなかなか大変な作業と思われていました。そのアプローチの1つがオマハシステムです。

成瀬:大事だとわかっていても、なかなか踏み込みにくかった領域ですよね。

好き勝手に書いた記録は、定量的なデータにしにくい

成瀬:第三者からしたら、何について何を記録しているのか、読み取りにくいものもよくあります。現場で情報源として活用するだけであれば、それほど大きな問題ではないのですが。研究者として、それぞれの訪問看護ステーションで、それぞれの看護師が自由に記録した内容を定量的に取り扱おうとすると、ちょっと大変だぞ、という感覚が正直ありました(笑)。

岩本:でも、今回この分野に手をつけることができ始めた。

成瀬:岩本さんが始めてくださったからですよ。それを拝見させていただいている立場です。

岩本:これまで看護師が看護過程をどう記録してきたかに話を戻します。たとえばAという病気の人が、Bという問題を持っていて、Cという症状が起きて、Dというケアをしたとします。でも、みんながBやC、Dをそれぞれの主観を元にした、好きな言葉で表現すると、すべて違う言葉として残るわけです。そうなると、Aという病気の人にはCという症状が起きやすく、Dというケアが効果的だ、というような“傾向”を導き出すことができません。

成瀬:極端な話、複数人の利用者が同じ問題を抱えていたとしても、担当看護師によって異なる表現で記録されていると、それが同一の問題なのかわからない、ということですよね。

岩本:その通りです。急性期医療を提供する病院では、例えばNANDA-NIC-NOCなど共通言語を使って、看護過程を記録するのが当たり前になりつつあるようです。でも、在宅ケア、中でも訪問看護の分野では、今でも自由な言語で記録するところがほとんどです。

「可視化」で変わる看護の未来

岩本:二つ目は、看護師が何をどんなふうに思考した結果、どんなケアをしようとしているのか、ということを可視化できないこと。
可視化できないと、自分たちがどういうサービスを提供しているのか、そのサービスにはどんな意味があって、どんな結果を出しているのか、外部に対して説明しづらいんですよね。そうなると、訪問看護のサービス内容が不明瞭になり、サービスを本当に必要としている人に届かなくなることも起こり得ると思っています。

成瀬:可視化はオマハシステムに限らず、看護というサービスの大きなテーマだと思います。看護師や訪問看護ステーションが自身のケアを振り返るためにも可視化は必要ですし、自身のスキルや価値を他者、つまり利用者として選択する人に理解してもらいやすくするためにも。

岩本:宿泊先や飲食店を予約するときって、生活者として客観的な情報を見て、自分に適しているかいないか、比較検討するものですよね。でも、医療や看護だとなかなかそうはいかない。利用者自身が、「◯◯さんがいいお医者さんだと言っていた」「あそこは腕が悪いという噂がある」みたいな、主観ベースの口コミを元に選ぶことに慣れているようにも思えます。

成瀬:看護過程の可視化は向こう10年、医療関係者が利用者に訪問看護ステーションをリコメンドするような場面で、説明の根拠を示す手助けになると思っています。オマハシステムで取得・分析したデータからは、ある程度の客観性と事実が伝わるので。そういったデータを元にしていないうちは、「あのステーションの看護師さんは人柄がいい」みたいに、医療関係者自身の価値観が入った勧め方も強く参照せざるを得ないこともあるんだろうと思います。

岩本:利用者がよりよいサービスを選択でき、不利益を被らなくなる流れができてくる、ということですね。

成瀬:そのためにも、利用者のデータを縦断的に分析・評価していきたいです。オマハシステムの導入先が増えれば、取得できるデータ量も増え、訪問看護のよさを利用者目線で導き出せると思っています。

思考は論理的に。情報共有は効率的に

岩本:オマハシステムを導入してから、現場で明らかに変わってきたことがあります。日々の記録をベースに、月末になるとオマハシステムで記述して、各自の記録を元にチームでディスカッションするとき、新米看護師も熟練看護師も同じ言葉(例えばオマハの問題名など)を使って、情報の共有を図れるようになったんです。

成瀬:今まではみんながバラバラの言葉を使っていたから……。

岩本:どこかふわっとしたやりとりになっていましたよね。伝える側の意図が受け取り手に正しく伝わっていない可能性もあるわけです。

成瀬:かなり大袈裟に言うと、「これかわいくない?」「超かわいい!」みたいなやりとりに例えられますね。同じものをみていても、「かわいい」の定義は人それぞれだったとしたら、ちがう意味でみんなが「かわいい」と話しているのに同意した感じになってしまう。

岩本:共通言語を使って記録したり、議論したりすると、なんとなく雰囲気で仕事してる、っていうのは減ると思います。

成瀬:オマハシステムに共通言語で記録するのは、毎月の締めみたいなものじゃないですか。月に一度、時間をかけて総括を残すとなると、日々の記録の仕方や思考そのものも変わってきますよね。

岩本:それで言うと、事業所内では「業務効率的にはよくなった、楽になった」という声があがっています。論理的思考を学び直す感覚がある、とも聞きました。

モチベーションアップにもつながる

成瀬:看護師は、頭の中でいろいろな可能性を見通した上で、ロジカルに考えて実践に取り組んでいるんです。だけど、その思考プロセスを記録で言語化しづらいのは、その機会がなかなか少ないからだと思います。

岩本:オマハシステムはプロセスの言語化を助けるツールです。今回、そこで蓄積したデータを成瀬先生に分析していただくと、利用者さんがいい方向へ向かっている、ということが数字でわかったんですね。結果が数字として可視化できると、自分たちがしているケアに意味があるんだ、正しいアプローチができてるんだ、と自信を持てたり、モチベーションにつながったりするのを実感しています。

成瀬:訪問看護師がモチベ―ションをどう維持するか、というのは最大の問題だと思います。研修などでみんなで話していると、ついつい反省してしまうことが多くて。反省点を探さずにはいられない、みたいな看護師特有のストイックさが気になります。

岩本:職業柄なのか「あれもできたし、これもできたのに……」みたいな反省をしがちですよね。でも、利用者が必要としているケアを届けたら、いい変化に結び付いて、確かに結果が出ていることが見える化されたら、その在り方は変わるんじゃないかなと思います。

成瀬:数字など客観的な成果を見て、自分を自分で褒める習慣を持ってほしいくらいです。それこそが、現場で働く看護師にとって、オマハシステムのような可視化できるツールを使うメリットになります。現場へのメリットが最大化できれば、可視化の流れは自然と広がって、ひいては利用者や社会へのメリットになるはずです。ここ1〜2年はオマハシステムを通じて、訪問看護ステーションを元気にする仕組みを考えることが先決かな、と僕は考えていますね。

(完)


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